2021年7月21日水曜日

【コラム】「あぶない少年」石黒秀和(2021.7)

 オカルトが好きだった。はじまりは、アニメ「バビル二世」である。主人公が持つテレキネシスやテレパシーの能力はきっと自分にもあって、いつか覚醒すると本気で思っていた。空も飛べると思っていた。アニメ映画「幻魔大戦」を観た後、その思いは一層強くなり、実際夢の中ではよく飛んでいた。

 もちろんユリ・ゲラーにもはまった。大きな銀のスプーンを手にすると、今でも曲がれ曲がれと念じてこすりたくなる。矢追純一の本はバイブルだった。中学の時はそれで読書感想文を書き入選も果たした。宇宙人の話で賞をとったのはお前が初めてだと担任の先生にはいたく感心された。

 一時、『ムー』というオカルト雑誌を定期購読し、特集されていたピラミッドパワーを信じてダンボールで人が入れる位のピラミッドを作ったりもした。付録だった念じれば病気が治るというどこかの霊能者の顔写真を大切に机の上に飾り、家族の誰かが調子が悪いとなれば秘かに念じたりもした。

 UFOももちろん信じていた。宇宙人はいないわけがないと思っていた。実家がマンションの4階で、ベランダから遠く連なる山並みと広い空が見渡せたので、暇さえあれば昼夜となく空を見つめていた。怪しい光は意外と何度も見つかり、今思えばそのほとんどが飛行機やヘリコプターだったのだろうが、こちらの呼びかけに応えたのだと何度も胸をときめかせた。そういえば宇宙人にさらわれたような気になっていたこともある。夜中に目が覚めると枕元に宇宙人がいて、UFOに乗せられたような気がしていたのである。おそらく木曜スペシャルのUFO特番でも観た後に、夢でも見たのだろうが、怖くてしばらくは夜中にトイレに行けなかった。雪男や恐竜の生き残りなどのUMAにも夢中になった。水曜スペシャルの川口浩探検隊シリーズは毎回欠かさず観ていた。ツチノコは実際近くの森に友達と探しに行った。ただ、幽霊だけは、今も昔もひたすら苦手である…。

 と、ここまで書いて、自分の息子がこんなだったら、親としては随分心配だったろうなぁと改めて思う。しかし当時の子どもたちは、特に男子は、案外似たり寄ったりではなかっただろうか? 今考えれば世紀末のそういう時代で、テレビやメディアに大いに踊らされてた感もあるのだが、それでも当時のオカルトにはなんだか夢というかロマンがあった気がする。だからこそ、子どもたちは、いや大人たちも夢中になり、その非日常性を日常に取り込み楽しんでいた気がするのだ。

 しかしそんな日本の愛しいオカルトも、1995年の、あの教団の出現によって失われてしまった。さらに僕らは大人になっていた。1999年7月、30歳になっていた僕は、しかしなんの感慨もなく、その月を過ごした。

 コロナ禍の現在、世界は不安や分断の中で、ネットを中心に様々なデマや流言が満ちているという。中にはオカルト的な陰謀論まであると聞く。人は危機の時こそ、信じたいものを信じ、信じたくないものは信じないというバイアスが働くという。しかしそこにあるのは、すでに僕らの好きだったオカルトではない。それはただの悪意のような気がするのだ。

 僕もその後オカルトとはすっかり無縁となり、今ではUFOもUMAも超能力も、およそ科学的でないものは一切信じなくなった。まぁ、それが正常な発達と言えばそうなのだろうが、なんだかちょっと寂しい気もする。しかし、そんな21世紀も20年以上が経った今年6月、アメリカから突然、こんなニュースが流れてきたのである。

 「アメリカの情報機関を統括する国家情報長官室は、軍の内部で目撃情報が出ている未確認飛行物体、いわゆるUFOに関する分析結果をまとめた報告書を公表した。それによると、2004年以降、アメリカ軍などの政府機関では未確認飛行物体の目撃情報が144件報告され、このうち1件については気球と特定されたが、そのほかの情報に関しては中国やロシアが開発した技術の可能性があると指摘しつつも、特定するための十分なデータがなく、正体については依然、結論が出ていないとしている。さらに21件については、物体の推進装置が見当たらないにもかかわらず、高速で不規則に移動するなど、異常な動きを示したとしている」
 なんと、アメリカ政府によってUFOの存在が正式に認められたのである!(※宇宙人や未来人の乗り物と特定されたわけではありません)。

 50歳を過ぎた僕は、この頃、再び、空を見つめている。

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石黒秀和(いしぐろひでかず)プロフィール
1989年に倉本聰氏の私塾・富良野塾にシナリオライター志望として入塾。卒塾後、カナダアルバータ州バンフに滞在し、帰国後、富良野塾の舞台スタッフやフリーのシナリオライターとして活動。1993年より9年間、豊田市民創作劇場の作・演出を担当する。
2003年、2006年には国内最大級の野外劇「とよた市民野外劇」の作・演出を担当。その後、人材育成の必要性を実感し、舞台芸術人材育成事業「とよた演劇アカデミー」(現在はとよた演劇ファクトリー)を発案、実行委員として運営に携わり、2011年から2015年まで短編演劇バトルT-1を主催する。
2012年からはTOCを主宰して市民公募のキャストによる群読劇を豊田市美術館などで上演。2017年からは、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長として様々なアートプログラムの企画・運営に従事し、同年、とよた演劇協会を設立。会長に就任し、2020年、とよた劇場元気プロジェクトを実施する。
その他、演劇ワークショップの講師や人形劇団への脚本提供・演出、ラジオドラマ、自主短編映画製作など活動の幅は多様。これまでの作・演出作品は70本以上。1997年からは公益財団法人あすてのスタッフとして社会貢献事業の推進にも従事。豊田市文化芸術振興委員ほか就任中。平成8年度豊田文化奨励賞受賞。平成12年とよしん育英財団助成。平成27年愛銀文化助成。日本劇作家協会会員。


【コラム】「まちづくりって全部地産地消だと思う」清水雅人(2021.7)

 <TAG>ダイアローグ2021年7月号では、大橋園芸の大橋鋭誌さんをお招きして、農業のお話を聞いた。
※<TAG>ダイアローグ2021年7月号動画&文字起こしはこちら→ https://toyotaartgene.blogspot.com/2021/07/tag-36-20217.html

 その中で“地産地消”という言葉が何回か出てくる。農業からみた豊田というテーマで話せば当然出てくるであろう言葉であり、ダイアローグの中でも言っているが、私も地元での映画作りを始めた当初、取材インタビューなどで“文化の地産地消”というフレーズをよく使っていたこともある。
 これまでも、ダイアローグ収録時も、この言葉を特に深く考えずに使っていたが、収録後大橋さんとの対話を振り返り、また動画の文字起こしをしていく中で、この“地産地消”という言葉が自分の中で少しずつ大きくなっていることに気づいた。
 というわけで、ここでは“地産地消”という言葉を少し掘り下げたいと思う。

 「地産地消」をネット検索してみる。ウィキペディアでは以下のとおり。
地産地消(ちさんちしょう)とは、地域生産・地域消費(ちいきせいさん・ちいきしょうひ)の略語で、地域で生産された様々な生産物や資源(主に農産物や水産物)をその地域で消費することである。
地産地消という言葉は、農林水産省生活改善課(当時)が1981年(昭和56年)から4ヶ年計画で実施した「地域内食生活向上対策事業」から生じた。なお、篠原孝は「1987年に自分が造語した」と、新聞・雑誌等で主張している[1]。しかし、すでに1984年(昭和59年)に雑誌「食の科学」で秋田県職員が地産地消を使用している。またほぼ同時期の、当該事業と生活改善活動について紹介した農水省の公報誌にも地産地消の語句が掲載されている。これらの事実により、このころまでにはすでに、全国各地の農業関係者の間に広まっていた言葉であることが判明した。


 私が「地産地消」という言葉に初めて触れた記憶は定かではないが、多分、職場で保健福祉関連の情報かチラシで「食育」と「地産地消」がセットで載っていた。子どもへの食育の1つとして地元産の野菜を食べましょう/学校給食への利用等々の文脈だったと思う。1990年代中盤の頃だろうか。
 その頃より「地産地消」という言葉は頻繁に聞くようになり、また自分でも使うようになったが、その出自や定義をちゃんと調べたわけではなかった。
 今思えば、貿易の自由化等で外国産農産物等が安価に入ってくることへの危機感として、地場産業を守れ的なニュアンスや農協等を通じた流通から生産者と消費者を直接結ぶ的なニュアンスなど、産業/流通のキャッチフレーズ的なイメージを「地産地消」という言葉に感じていたと思うが、多くの人も同じだったのはないか。

 ちなみに「地産地消」の“地”は何を指していると思われますか?私は、なんとなく自治体くらいの範囲、広くて県内くらいをイメージするが、みなさんはどうだろう。確かに、外国産と国内産を対比するなら、国を“地”と捉えるのも間違いではないが、やはり、地域/地元というと市町村~都道府県くらいをイメージする人が多いのではと思う。

 一方、同じ頃か少し後に“スローライフ”とか“スローフード”という言葉もよく聞くようになった。
「スローライフ」を再びウィキペディアで見ると、
1986年、マクドナルドがイタリアに進出し、ローマのスペイン広場に1号店を開いたが、アメリカ資本のファストフード店に対する反発は大きく、この際に起こった反対運動が、伝統的な食文化を評価するスローフード運動に発展した。やがて食文化のみでなく、生活様式全般やまちづくりを見直す動きに広がった。
日本で「スローライフ」という言葉が使われるようになったのは2001年頃からである。川島正英(地域活性化研究所)や筑紫哲也(ジャーナリスト)らが「スローライフ」について模索していたところ、川島の話を聞いた掛川市の榛村純一市長が「スローライフシティー」を公約に掲げて再選を果たした(2001年)。2002年11月、掛川市で「スローライフ月間」が開かれ、12月のシンポジウム「スローライフのまち連合を結成しよう」には、掛川市、湖西市、岐阜市、多治見市(岐阜)、安塚町(新潟)、立川町(山形)、柳井市(山口)が参加した。 その後、「スローライフ月間」は各地で開催されるようになり、「ゆっくり、ゆったり、心ゆたかに」を掲げるスローライフ・ジャパン(川島正英理事長)が設立された。

とある。
 マクドナルドがスペイン広場にできた時の騒動はかすかに憶えているが、スローライフ運動の発祥ほとんど知らなかったと白状するしかない。私は、なんとなく健康志向の中から出てきた、ちょっとおしゃれな雑誌などで扱われるスローガン的な言葉だと思っていた。オーガニックとかと同じ感覚で。それがごく狭い一面しか見ていないことを知ったのはつい最近のことである。

 もちろん「地産地消」にも「スローライフ/スローフード」にも様々な観点がある。産業、流通、食の安全、健康、生活、思想、、、などなど。どの観点が正しくて、どの観点が間違っているということはない。なぜなら「地産地消」も「スローライフ/スローフード」も生活全般に関わることであり、ほんの100年前までは、それが当たり前の生活そのものだったからだ。
 地元で作られた野菜が地元の八百屋で売られて地元の人が買う/あるいは人口の多くは農民で自分で米や野菜を作って食べていた。この辺りで言えば、川魚を食べることはあっても海の魚介類を食べることは稀だった、何か特別な日に食べる刺身や寿司はごちそうだった。

 昔に還れ!とノスタルジックに言っているわけではない。グローバリズムの推進によって貧しい国々が豊かになっていくことを止めてはいけないし、かつてのように先進国が恩恵を独占することは改善されなくてはならない。地球全体で平和や環境を考えていかなくてはいけない。
 ただ「地産地消」や「スローライフ/スローフード」を雑誌の見出しのように感じてしまうのは、そのような生活が少し前までは当たり前だったということを覆い隠しているからだと思う。
 全国のもの、全世界のものが安価に買うことができる、どこで作られたものか、誰が作ったものかがわからなくても(どんなに過酷な状況で作られたものか知らなくても)、安く買うことができる、それが普通だと思っているからだ。
 牛丼が300円そこそこで食べられるのってちょっとおかしくないか?とは思わず、当たり前だと思っているからだ。

 まずは自明と思っていることを疑い、転換させること。<TAG>ではそのことを繰り返し言ってきた。自らに課すことも含めて。
 そのような意味で、“地産地消”とは、まちづくりそのものだと思う。まちづくりとは生活そのものであり、当たり前と思ってしまっている様々なことを一旦疑い、普段の生活の範囲である“自分のまち”を基盤に考え直すことだと思う。

 大橋さんとの対話の中で「まちづくりって全部地産地消だと思う」と話したが、あまり深く考えないでの発言だったが、今思えば重要な話だったと思っている。
 されに言えば、様々な、当たり前と思い込んでいることを一旦疑い、転換させることは、文化芸術が担っている役割の一つだ、と言うと気負い過ぎだろうか。
 文化芸術の表現には、そのような価値転換をさせる力がある(なければいけない)。Star☆Tの楽曲にだってそんな思いを込めているつもりだ。
 そしてこの<TAG>もみなさんの価値転換を誘発させるメディアにしたいと思っている。

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清水雅人(しみずまさと)プロフィール
2000年頃より自主映画製作を始め、周辺の映画製作団体を統合してM.I.F(ミフ Mikawa Independet Movie Factory)を設立(2016年解散)。監督作「公務員探偵ホーリー2」「箱」などで国内の映画賞を多数受賞。また、全国の自主制作映画を上映する小坂本町一丁目映画祭を開催(2002~2015年に13回)。コミュニティFMにてラジオ番組パーソナリティ、CATVにて番組制作なども行う。
2012年、サラリーマンを退職/独立し豊田星プロを起業。豊田ご当地アイドルStar☆T(すたーと)プロデユースをはじめ、映像制作、イベント企画などを行う。地元の音楽アーティストとの連携を深め、2017年より豊田市駅前GAZAビル南広場にて豊田市民音楽祭との共催による定期ライブを開催。2018年2019年には夏フェス版として☆フェスを同会場にて開催、2,000人を動員。
2016年、豊田では初の市内全域を舞台にした劇場公開作「星めぐりの町」(監督/黒土三男 主演/小林稔侍 2017年全国公開)を支援する団体 映画「星めぐりの町」を実現する会を設立し、制作、フィルムコミッションをサポート。2020年、団体名を「映画街人とよた」に改称し、2021年全国公開映画「僕と彼女とラリーと」支援ほか、豊田市における継続的な映画映像文化振興事業を行う。
2017年より、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員就任し(2020年度終了)、あいちトリエンナーレ関連事業の支援やとよたアートプログラム支援を行う。


【コラム】「豊田(周辺)の映画館上映お勧め作紹介」清水雅人(2021.7)

※映画支援団体「映画街人とよた」サイトでの記事を転載したものです。

「映画街人とよた」代表の清水が、豊田周辺映画館[イオンシネマ豊田KiTARA]と[ムービックス三好]で観られるお勧め映画を紹介するコラムです。テレビ等でバンバン宣伝しているメジャー作品はなるべく避けたラインナップにするつもりです。
※試写等を見ている訳ではなく、期待度も含めたごく個人的なお勧め作品です、あらかじめご了承ください。
本ページにて月イチペースでお勧め映画紹介しています。

7/13現在イオンシネマ豊田KiTARA及びムービックス三好は通常営業(時短営業なし)です。

7月は、夏休み公開のお子さん/家族向け作品に渋めのラインナップです。メジャーアニメーション、シネフィル感満載アメリカ映画、韓国映画、台湾映画を紹介します。「世界的に評価される監督の~」というフレーズいっぱい出てきます。邦画は来月に話題作がたくさん公開されますね。

イオンシネマ豊田KiTARA  https://www.aeoncinema.com/cinema/toyota/
「竜とそばかすの姫」7月16日より上映
監督:細田守 声の出演:中村佳穂 成田凌 染谷将太
高知の自然豊かな村に住む17歳の女子高生・すずは幼い頃に母を事故で亡くし、父と二人暮らし。母と一緒に歌うことが何よりも大好きだったすずはその死をきっかけに歌うことができなくなっていた。曲を作ることだけが生きる糧となっていたある日偶然にも、全世界で50億人以上が集う超巨大インターネット空間の仮想世界<U>に「ベル」というキャラクターで参加することになる…。
ここで紹介するまでもないメジャー作品ですが、細田守監督作は『時をかける少女』以来『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』とずっと観てきて、はずれなしなのでやっぱり紹介しちゃいます。今回も細田監督の永遠のモチーフ「こっちの世界」と「あっちの世界」が描かれるよう。
期待度☆☆☆☆★

「SEOBOK/ソボク」7月16日より上映
監督:イ・ヨンジュ 出演:コン・ユ パク・ボゴム
余命宣告を受けた元情報局員・ギホン。死を⽬前にし明⽇の⽣を渇望する彼に、国家の極秘プロジェクトで誕⽣した⼈類初のクローン・ソボクを護衛する任務が与えられる。だが、任務早々に襲撃を受け、なんとか逃げ抜くもギホンとソボクは2⼈だけになってしまう。危機的な状況の中、2⼈は衝突を繰り返すも、徐々に⼼を通わせていく…。
「パラサイト/半地下の家族」の米アカデミー賞受賞やNETFLEXでのヒットなど世界で評価され続ける韓国映画の新作。イ・ヨンジュ監督過去作未見ですが、2012年公開「建築学概論」が韓国での恋愛映画観客動員歴代1位と獲得したとのことで、興味ありです。
期待度☆☆☆★★

「ライトハウス」上映中
監督:ロバート・エガース 出演:ウィレム・デフォー、ロバート・パティンソン、ワレリヤ・カラマン
1890年代、アメリカ・ニューイングランドの孤島に灯台守としてベテランのトーマス・ウェイク(ウィレム・デフォー)と経験のない若者イーフレイム・ウィンズロー(ロバート・パティンソン)がやって来る。彼らは4週間にわたって灯台と島の管理を任されていたが、相性が悪く初日からぶつかり合っていた。険悪な空気が漂う中、嵐がやってきて二人は島から出ることができなくなってしまう。外部から隔絶された状況で過ごすうちに、二人は狂気と幻覚にとらわれていく…。
サンダンス映画祭でプレミア上映、批評家から高く評価されたデビュー作『ウィッチ』に続く第2作の本作も、全編モノクロ、スタンダードサイズというシネフィル感満載の完成度で各賞受賞している注目作。映画好きにはたまらないスリラー映画。
期待度☆☆☆★★

「1秒先の彼女」上映中
監督:チェン・ユーシュン 出演:リウ・グァンティン、リー・ペイユーロ
郵便局に勤めるアラサーのシャオチー(リー・ペイユー)は、仕事もプライベートもパッとしない。台湾では七夕の日は「七夕バレンタインデー」と呼ばれ、恋人同士で過ごすのが一般的。ある日、シャオチーはダンス講師のウェンソン(ダンカン・チョウ)と出会い、七夕バレンタインデートをすることになるものの、朝起きるとなぜかバレンタインの翌日になっていた…。
80年代以降ホウ・シャオセン、エドワード・ヤンなど世界で評価される監督を輩出してきた台湾映画界で、95年に『熱帯魚』で長編監督デビューを飾ったチェン・ユーシュン監督。しばらく映画から遠ざかっていたが、2013年より長編映画復帰し3作目の本作は台湾のアカデミー賞と言われる金馬奨の監督賞と脚本賞を受賞。
期待度☆☆☆★★

「親愛なる君へ」7月23日より上映
監督:チェン・ヨウジエ 出演:モー・ズーイー、ヤオ・チュエンヤオ、チェン・シューファン
ジエンイー(モー・ズーイー)は、今は亡き同性パートナーの家族である年老いたシウユー(チェン・シューファン)の家に間借りしながら、彼女と孫のヨウユーの面倒を一人で見ていた。そんな折、病気療養中だったシウユーが突然亡くなり、その死因をめぐってジエンイーは周りから疑いの目で見られる。警察の捜査によって彼に不利な証拠が出てきたため、ジエンイーは裁判にかけられる…。
台湾映画をもう1本。『一年之初(一年の初め)』や『ヤンヤン』で世界的に評価されたチェン・ヨウジエ監督の5年ぶりの新作。ミステリアスで重厚なサスペンス調の展開を匂わせつつ、徐々に真実が解き明かされていくと温かな情感溢れる結末まで一気に導かれる本作。こちらも台湾のアカデミー賞と言われる金馬奨で3部門受賞など。
期待度☆☆☆☆★

清水雅人プロフィール
2000年頃より自主映画製作を始め、映画作り仲間を中心に周辺の映画製作団体も統合してM.I.F(ミフ Mikawa Independet Movie Factory)を設立。監督作「公務員探偵ホーリー2」「箱」などで国内の映画賞を多数受賞。また、全国の自主制作映画を上映する小坂本町一丁目映画祭を開催。
2012年、サラリーマンを退職/独立し豊田星プロを設立。豊田ご当地アイドルStar☆T(すたーと)プロデユース、映像制作、イベント企画など行う。
2016年、豊田では初の市内全域を舞台にした劇場公開作「星めぐりの町」(監督/黒土三男 主演/小林稔侍 2017年全国公開)を支援する団体 映画「星めぐりの町」を実現する会を結成し、キャストオーディションやエキストラ管理、協賛金事業などをサポート。
2020年、映画「星めぐりの町」を実現する会を発展継承する形で「映画街人とよた」を設立。2021年全国公開予定「僕と彼女とラリーと」支援ほか、豊田市における継続的な映画映像文化振興事業を行う。


2021年7月15日木曜日

【ダイアローグ】<TAG>ダイアローグ 第36回「農業から見た豊田、農業とまちづくり、農業と豊田の未来」ゲスト大橋鋭誌氏(大橋園芸 代表)動画公開及び文字起こし(2021.7)

豊田で活躍する人材をお招きしてお話を伺う<TAG>ダイアローグ。
2021年7月号は、大橋園芸代表の大橋鋭誌氏をゲストにお招きし、農業から見た豊田、農業とまちづくりなどをテーマに、大橋さんのこれまでの軌跡や夢農人とよたの活動についてなどを伺いました。
ゲスト:大橋鋭誌(大橋園芸 代表)
ホスト:石黒秀和、清水雅人 アシスタント:和久田朱里


<TAG>ダイアローグ 第36回「農業から見た豊田、農業とまちづくり、農業と豊田の未来」ゲスト大橋鋭誌(大橋園芸 代表)2021年7月号 動画 
過去の動画/文字起こしはこちら → http://toyotaartgene.com/
<TAG>チャンネル登録もよろしくお願いします → https://www.youtube.com/channel/UCIjZssyxVzbc1yNkQSSW-Hg

1時間超の動画をご覧になるお時間がない方のために、文字起こしも掲載します。
※全編の文字起こしではありません、よろしければどうぞ動画をご覧ください。今回より各チャプターに動画の頭出しリンクを付けましたぜひご活用ください。

ごあいさつ[動画はこちら]
清水:みなさんこんにちは、<TAG>ダイアローグ2021年7月号、再開して3回目、通しでは第36回となります。7月になりましたが、石黒さん、近況はいかがですか?変わりなく?

石黒:そうですね、、、コロナの状況も変わりなくというか、良くもならずで、、、。

清水:オリンピックとか緊急事態宣言とか、東京の方はかしましくなってますが、、、愛知県は一応7月11日でまん延防止重点措置は解除されます。

石黒:東京の状況をみていると、こちらもリバウンドしていく可能性ありますね、、、。

清水:私、昨日1回目のワクチン接種をしてきました。

石黒:おっ、早いですね、私も今日職域接種の案内が来て、来週接種します。

清水:私は、豊田市の集団接種に申し込んで、豊田から岡崎に入ったすぐにある愛知医科大学メディカルセンターで打ってきました。

石黒:どうですか?

清水:今日で2日目ですが、打ったところがちょっと痛いですね。でも、発熱するとか体がだるいとかそういうのはないです。

石黒:副反応は2回目の方が出るって言いますからね。

今回のゲスト紹介 大橋鋭誌さん(大橋園芸 代表)[動画はこちら]
清水:再開第1回2回は、現在の豊田市の状況、コロナ禍の中の豊田という話に時間を割きましたが、今回よりゲストにじっくりお話を聞く本来の形で進めていきたいと思います。前々からぜひお招きしたいと思っていました、大橋園芸 代表の大橋鋭誌さんです、よろしくお願いします。

大橋:よろしくお願いします。

清水:そして、本日は大橋さんがやられているお店「おいでん市場」にて収録しています。インサート映像挟んできます、こちら開店してどれくらいですか?

大橋:昨年の12月15日に開店しましたので、ちょうど半年ですね。

石黒:コロナの最中だったんですね、コロナ前に開店してたように思ってました。

清水:他にもいろんな事業やられてるので、ゆっくりお伺いしていきます。でも、その前に、あんまり歳を聞くのはよくないとは思うんですが、同年代の方が来てくれることが多いのでつい聞いてしまうんですが、大橋さんは何年生まれですか?

大橋:昭和50年生まれの45歳です。

石黒:私たちが昭和44年生まれ今年52になる年です。

清水:半世代下ってことですね。石黒さんは大橋さんとの最初の出会いは何ですか?

石黒:大橋さんとは「WE LOVEとよた条例」の会議で一緒になったのが最初ですね。だからもう5年くらい経つのかな?(WE LOVE とよた条例制定は2017年4月 会議はその前に行われていたと思われる)
 ただ、私は寿恵野小学校出身ですが、学校で田植え体験がありまして、どうも大橋さんのところの田んぼでやらせてもらってたみたいで、その頃すれ違っていたかもしれない。私が豊栄町で大橋さんのところは鴛鴨町だから通学路でもあり、遊び場でもあったのでね。

清水:上郷中学校同窓ということですか?

石黒:私は寿恵野小学校~上郷中学校ですが、大橋さんは、、、

大橋:末野原中学校です。

清水:末野原中学校が開校した後なんですね。私は実はちゃんとお話しするのは今日が初めてだと思います。Star☆Tの映画を大橋さんのところのレストランで撮影させてもらったり、とよた市民活動センターのイベントに出店してもらったりしたんですが、直接の担当ではなくてごあいさつする程度で。和久田さんは大橋さんとは?

和久田:私もレクラ・ド・リールでStar☆Tの撮影した時が初めてだと思います。

大橋:その後レクラ・ド・リールに食べに来てくれたり。

和久田:そうですね。それと、いろんなイベントに行くと必ずいらっしゃるイメージがあります。野菜売り場のところに大橋さんの写真が出ているとか。

大橋:おいでんまつりの時に桜城址公園前のころも農園で焼きそば焼いててね、Star☆Tの控室になってたこともあって顔を合わせてますね。

石黒:大橋さんの焼きそばおいしいんですよね(笑)。

清水:ということで、農業の視点から豊田というまちを見ていきたいと思います。私は、実家は石野地区で親は兼業農家で、代がわりの時に農業やめてしまった典型的なパターンなので、農業は全くの専門外なんですが、石黒さんも環境としては、、、

石黒:そうですね、農業をする家庭環境ではなかったですが、でも富良野塾は農業をやりながら脚本家、役者を目指すというところで、富良野の農協にアルバイトという形で入って、2年間農業をやったという感じでした。今風に言えば半農半芸と言うか。倉本聰の教えは、人を演じる/人の生活を書く時に、一番ベースになるのは、第一産業、特に食だということで、そういう意味では農業は原点だと思ってます。

大橋さんのこれまでの軌跡① 就農~事業拡大 [動画はこちら]
清水:まずは、大橋さんのこれまでの人生というか、道のりをお伺いしつつ、豊田の農業の歴史についても聞ければと思うんですが、もともとは稲作ですか?

大橋:そうですね、豊田の平坦地は大体田んぼですね。

清水:豊田の南部、上郷高岡地域は田んぼが多いですよね。大橋さんは高校を卒業してそのまま家業を継がれた?

大橋:まず修業に出ました。滋賀県のタキイ種苗という野菜の種を販売する会社が作った園芸専門学校があって、そこで2年間みっちり寮生活で鍛えられました。当時は戸塚ヨットスクールに並ぶ厳しい学校として有名で(笑)。

石黒:富良野塾も戸塚か富良野かって言われてました(笑)。

清水:家業を継いで農業をやろうと思ったのはいつごろですか?

大橋:それは遅くて、普通に大学受験したんですが、思ったところに受からなくて、さあどうしようかな?って思った時に、親父に「俺、農業やるわ」って言って。

清水:やりたいことは他にあったんですか?

大橋:高校時代にバンドをやってて、音楽関係の仕事につけたらいいなぁなんて淡い気持ちはありましたね。バンドブームど真ん中でしたし、橋の下世界音楽祭やってる永山愛樹君は1コ下でしたし。
 でも、いずれ農業をやることは薄々は思っていたと思います、踏ん切りがついたというか決心したのが大学受験の頃だった。そもそも大学行って俺は何がやりたいんだ?親に金出してもらって遊びたいだけじゃないのか?って思いもありました。

清水:周りの同世代、農家の息子たちはどうだったんですか?

大橋:意外と周りにはいなかったんですよね、私の親の世代で周りは大体兼業農家に変わっていた。製造業について安定した収入を得て、農業は、じいちゃん/ばあちゃん/かあちゃんのいわゆる“三ちゃん農業”でやっているところがほとんどで、いわゆる専業農家は数えるほどでした。近くで言うと豊栄町のお茶農家かうちかぐらいだったと思います。

清水:もともと大橋家は田んぼをたくさん持っていた?

大橋:自分ちの土地は限られた面積ですが、もうやれないという農家から頼まれて段々増えていった感じですね。20年くらい前までは自分で作っているところもちょこちょことありましたが、最近は本当に減りました。そういう人が農協に預けて、農協からうちなどにやらないかと話がくる。

清水:親父さんは、そのように耕作地を広げていくのは計画を立ててたんですか?

大橋:それは、なりゆきというか自然とそうなったんだと思います、農地を貸してくれって頼んで回ったわけでもないですし。耕作地が増えて、それに合わせて機械も増やしていって。

石黒:大橋家は代々農家?

大橋:そうですね、おじいちゃんもその前も農家ですね。

石黒:ずっと稲作ですか。

大橋:そうですね、稲作ですね。豊田市って真ん中に矢作川が流れてて、枝下用水が勘八から猿投を通って市街地の高台を通ってるんですが、その用水が百何十年前にできて、そのおかげですごく水に恵まれた地域なんですね。なので、水が引けるところはとことん田んぼにした、やっぱり米が一番だった。それで水が引けないところが畑をやった。豊栄町も茶畑がありますが、あのあたりも元は白菜や大根などの畑でした。猿投の水が引けない北部の方は果樹をやった。

清水:専門学校を出られて、帰ってきて、就農されて。当時はお父さんと、、、

大橋:親父とおじいさんとおばあさんと私の家族経営でした。

清水:稲作がメインで。

大橋:野菜の苗もやってました。僕が物心つく頃には、苗販売を始めてた。元はうちの親父は60年前にトマト農家になろうとしてビニールハウスを建ててるんです。

石黒:おお、今に通じますね。

大橋:そうなんですよ、半世紀経ってトマト栽培に戻ってきたんです(笑)。親父は夢破れたというか、、、トマトを世に広めたいと思ったんですが、当時まだトマトってそんなにメジャーじゃなかった。

石黒:そうですね、そんなにトマトって食べなかったな。

大橋:今ほどおいしくなかったんですよね、青臭くて。

石黒:だからトマト嫌いって人今だにいますもんね。

大橋:品種改良が進んで、トマトがおいしくなって、糖度も上がってきて、今と昔のトマトはすごい違いますからね。

石黒:トマトといちごが当時とは全然違うイメージですね。

大橋:もうなんでも違いますね、今はピーマンもピーマン臭くない、人参も人参臭くない、甘くなってます。だから野菜嫌いの子供って今はあんまりいないです。
 親父がトマトを5年くらいであきらめて、じゃあ何しようかっていう時に、農協から苗やらないかって言われて、野菜苗を作り始めた。親父も「苗始めたのでは成り行きだ」って言ってましたけどね(笑)。

清水:トマトと言えば、ここにトマトジュースが、、、。

略 ※大橋園芸製造の桃太郎ゴールド100%トマトジュースを試飲させていただきました。動画はこちら

石黒:トマト栽培をしようと思ったきっかけは?

大橋:苗を売ってても「おいしい」って言ってもらえないんですよね(笑)。農家やってて一番うれしいのは、やっぱり「おいしい」って言ってもらえることなんです。野菜の種や苗を売るのって、農業の中でも特殊で、この種を撒くと、苗を植えるとこういうものが出来ますよって言って売って、それが出来なかったら詐欺になっちゃいますから、責任が大きい。出来て当たり前だから誉められることがあまりないんです。そういう厳しい世界でやってきて、農業やりたいって若い従業員も入ってきてくれるようになって、その中でトマト大好きな子がいて、トマトやりたいって言ってくれて。やっぱり人の口に入るところまでやりたいって思って、やることにしたんです。
 トマトって、野菜の中でもスター選手なんですよね、なんか華やかで(笑)。7年位前にハウスを作ったんですけど、トマトって栽培が難しい野菜の1つでもあるんです。どうせやるんだったら難しいことにチャレンジしたい、誰でもやれることはやりたくないっていう気持ちもあって。

石黒:トマトをやりたいっていう従業員との出会いも大きかったですね。

大橋:そうですね。

清水:家族経営で農業に就かれた20代の頃の気持ちというのはどんな感じだったんですか?

大橋:当時よく「農業って楽しい?」って聞かれました。楽しいって、、、100日に1回くらいは思うかもしれないけど(笑)、普段はまあまあつらいですよね。

清水:朝早いとか、休みがないとか、、、。

大橋:僕あんまり朝早くないんですけどね(笑)、朝早くなくてもいい農業をやろうと思って。確かに休みは自分で作らないといけないですけど。でも、20代の頃はがむしゃらに働いてましたね。

清水:辞めようとは思わなかった?

大橋:全然思いませんでした。農業って仕事というより生活そのものっていう感覚があるんですよね、だから辞めるという発想はなかった。それで28歳の時に初めて従業員を雇うんです、僕と同い年で今でも一緒にやってるんですが、それは事業を広げていく上で大きな節目だったと思います。

石黒:その頃のメインは苗ですか?

大橋:米と苗が半々くらいだったんですが、段々野菜苗が増えていった感じです。これも野菜苗を作る農家が後継者がいなくて「この店やってくれないか」って頼まれて増えていった。「やれるかなぁ」なんて言いながら苗のハウスを増やしていった感じですね。
 農業で人を雇うって結構高いハードルなんですよね。給料払っていかなくてはならないし、従業員の生活もあるし。僕なんか始めた当時の給料6万円でしたからね(笑)。父や祖父祖母のところに私が入ってもすぐに収益が上がるわけではないですし、実際儲けは少ないですしね。20代の頃はいかに楽にやれるようにするか、効率を上げるかということばかり考えてました。
 それで、もしこの先おじいさんやおばあさんが介護が必要になったりしたら母親はその世話をしなくちゃならないな、そうしたら父親と僕の2人でやっていかないといけなくなるかもしれない、、、そんな思いから従業員を雇った。そしたら、その半年後におじいさんが脳梗塞で倒れて。おばあさんももう80歳超えてましたから、父親と僕と従業員の3人で回していくことになり、さらに、僕が32歳の時におじいさんより先に父親が亡くなってしまって。でもその頃にはその従業員も仕事覚えてくれてましたから、雇っておいてよかったと。

大橋さんのこれまでの軌跡② 夢農人とよた設立 [動画はこちら]
清水:大橋さんが農業界以外にも広く名前を知られるようになったきっかけは、夢農人(ゆめのーと)ですか?

大橋:そうですね。

清水:夢農人設立は何年ですか?

大橋:2010年ですから今年で11年目ですね。夢農人を作るきっかけは、トヨタファームの鋤柄さんです。豚農家で、豊田青年会議所(JC)をやってて卒業する時に「このままじゃ豊田の農業は衰退産業になってしまう、もっと自分たちでPRしていかないと」という熱い思いを聞いて。「でも俺農業界の人材あんまり知らないから、おまえ誘ってくれ」って言われて(笑)。
 僕は、農業界の団体で4Hクラブ(農業青年クラブ)とか、青年農業士とかそういうところに関わってきたので、そこそこ豊田の農業をやってる人たちは知ってたんですね、それで自分たちのちょっと上からちょっと下の世代の若手農家を集めたのが、夢農人の初期メンバーです。

石黒:最初は何人だったんですか?

大橋:最初は3人です、僕と、鋤柄さんといしかわ製茶の石川さん。そこに広告代理店のルーコさんも加わってもらって。

石黒:ルーコさんが加わったのは大きいですよね。

大橋:農家って下手なんですよね、宣伝とか情報発信とか。口下手な人も多いですし。そういうことってどうしても後回しになってしまう、農作業自体に時間も取られますし。でも、当時ブログとかSNSとか、そういうのが一般的になり始めてた、その波に乗ってという感じでした。

石黒:ルーコさんは声をかけた?かけられた?

大橋:鋤柄さんがJCで一緒だったんだと思います、それで声をかけて、私もルーコの井上社長にお会いした。ちょっと裏話をしちゃうと、井上社長に会った時に「団体を作るのは簡単だけど、継続しないと意味がない。2~3年で辞めちゃうくらいなら初めからやらない方がいい。続ける気はありますか?」ってちょっと意地悪な感じで聞いたら「あります」って言われたんで「じゃあやろう」と。
 後から井上さんに「あの時、大橋さんのことヤクザだと思った」って言われました(笑)、怖かったって。でも最初って肝心ですからね、「続けるって言ったよね?」って言えるというね(笑)。

清水:夢農人で最初に取り組んだことは?

大橋:最初は、中古車・新車販売のユーズネットグループさんが豊田スタジアムで年に数回イベントをやっていて、そこで軽トラ市をやらせてもらいました。そこで、年に4回とか野菜売ったり、たこ焼き焼いて売ったり。そうすると「普段はどこで売ってるの?」って聞かれるんです。それで夢農人の常設店やりたいよねって話になって、設立して2年目の途中か3年目入るくらいの時に、竜神に「夢農人マルシェ」というのを出店した。当時まねき猫さんというパン屋さんの隣に空いた場所があってそこをお借りして、月2回のペースで3年やりました。

清水:全国的にも農家と消費者を直接繋ぐとか、生産者の顔が見えるとか、そういう流れがきている頃ですね。

大橋:そうですね、3年目くらいから、豊田の農業と言えば夢農人だよねって注目度も上がったというか、知ってもらえるようになった実感はありました。

清水:私もその頃に知ったと思います。Facebookで頻繁に夢農人って見るようになった。

石黒:最初の頃は「ゆめのうじん」って言われたりとか(笑)。

大橋:「むのうじん」とかね(笑)。

清水:ネーミングはルーコさんですか?

大橋:ルーコさんがいくつか候補持ってきてくれて、その中にあって「夢農人(ゆめのーと)いいじゃん、デスノートみたいで」って(笑)。

清水:当時はまだ大橋さんはじめ夢農人のみなさんのことは詳しく知らなかったんですが、どんどんイベントに参加したり出店されたりしてフットワーク軽いなぁって印象でした。

大橋:初期の頃は危機感が大きかったですね、このままでは豊田の農業は衰退していく、自分たちだってこの先大丈夫かって。でもそういう危機感を持ってやってる時って強いですよね。

石黒:竜神で出店している頃で夢農人のメンバーはどれくらい?

大橋:25軒くらいですね。

石黒:現在は?

大橋:29軒です。実際40代以下の農家が豊田にどれくらいいるかって言うと100軒くらいですからね。法人化して大きくやっているところには若い従業員もいますが、一種のサラリーマンなので、自分のところのものを売っていこうってなるのは自営でやっている人たちですね。よく出てくる人たちは熱意を持ってやってくれてますね。

石黒:夢農人のホームページを見ると、みんなイケメンなんですよね。大橋さんも田んぼの中でかっこよく写っててね。

大橋:あれ、奇跡の1枚なんですよ(笑)、自分でもあんな自分見たことない(笑)。

石黒:イケメン農家集団みたいな。

清水:そういうビジュアルって重要ですよね。現在の夢農人のメンバーはみなさん豊田市内の農家?

大橋:大方はそうですが、あとみよしの人とか、豊橋の人も1人興味を持って入ってくれてます。一応豊田近郊の農家という括りにしているので。

石黒:夢農人のような団体って他の地域にはあるんですか?

大橋:近郊にはないですね。

石黒:全国的には?

大橋:全国的に見ると、北海道とか熊本とか、若手農家のグループというのはパラパラあります。

石黒:夢農人は早い方?

大橋:結構さきがけだと思いますね。それと、夢農人って多業種なんです。米農家もいれば、お茶農家や花農家もいて畜産もいて。農業っていっても作ってる物でやってることは全然違うので、「よくこれだけの業種の人達をまとめられるね」って言われます。どうやって運営しているのか話を聞きたいって視察もよくあります。
 元々、業種ごとの、例えば米農家の集まりとかは農協であったりしたんですが、そういう垣根はとっぱらっていかないとという思いはありましたね。そうしないと集まらないし、PRするにも「米しかありません」じゃあつまらない、これもあるあれもあるってやった方がいい。

石黒:私が富良野にいた頃も感じたことですが、農業をやっていくのに、農協の存在っていい意味でも悪い意味でも大きくて、農協が認めないと新しいことができないとか、そういう軋轢みたいなことはなかったんですか?

大橋:夢農人みたいなことを始めると、中には「農協に反旗を翻した」っていう見方をする人がいることは確かです。でも僕たちやってる側はそんなつもりは全然なくて、今でも農協との関わりは大きいですし、設立した時に、こういうことをしますって組合長のところに行ったら「おおいいじゃないか」って言ってもらって。どちらかというと、PRとかそういうこと全部農協におんぶにだっこじゃいけない、農協に甘えてたらいけない、自分たちでやれることはやっていくという、そういう気持ちですね。

清水:その後の夢農人の常設店は、、、

大橋:竜神の「夢農人マルシェ」を3年やって、その後に桜町に「ころも農園」というのを開店しました。豊田まちづくり㈱さんからここで何かやらないかっていう話をいただいて、カフェとマルシェをやりました。そこが5年契約で、5年経って継続するかどうかの時に、場所変えてもいいかな、一旦区切りをつけて、考え直そうかっていって閉めたのが2月で、その後にコロナになった。
 去年の4月5月ってあらゆるものが自粛になって、僕もゆっくり考える時間ができて、いろいろ考えたんですよね。それで「やっぱりお店やりたいな」って気持ちがフツフツと沸いてきて。ころも農園閉めた時は、一区切りしてゆっくり次を考えていこうという気持ちだったんですが、夢農人もちょうど10年で「10年やって結局拠点なくなっちゃったのか」なんて思ったりして。
 コロナでみんなの気持ちが沈んでいくのは嫌だったし、農業界も大変なところは本当に大変だった。でも食を支える農業は止めるわけにはいかないし、お店をまたみんなでやりたいという気持ちも強くなって、色々相談してたら、ここは焼き肉屋さんだったんですけど、閉めるみたいだから何かやったらって話をもらって、「やるか」ってなりました。それで昨年12月にここ「おいでん市場」をオープンしました。

略 ※コロナ禍の農業の影響の話。動画はこちら

レストラン経営、その他/普通のことをやろうと思ってない [動画はこちら]
清水:大橋さんは農業、夢農人の活動や出店に加えて、フランス料理店もやられて。

大橋:レクラ・ド・リールは2012年の7月14日に開店しました。大安だったからこの日にしたら、たまたまフランス建国記念日だった(笑)。

石黒:それにしてもなぜフランス料理店を?

大橋:別にフランス料理にこだわりがあったわけではなくて、これも出会いですね。知り合いに「フランスで修業してきたシェフがいずれ豊田でお店やりたいって言ってるから会ってやってくれないか」って言われて会ったんです。それで、会った時に「夢農人のイベントで、たこ焼き一緒に焼かない?」なんてフランス帰りのシェフに言っちゃって(笑)、手伝ってくれてたこ焼きの味がすごくよくなったという(笑)。
 それから、夢農人で作った「このまちうどん」という豊田の小麦と豊田の豚とで作ったうどんの最初の味付けもレクラ・ド・リールの近藤シェフが作ってくれたんです。

石黒:フレンチのシェフにたこ焼きとうどんを作らせた(笑)。

大橋:それで、今のレクラ・ド・リールがあるところは、「タカサキ」というケーキ屋さんだったんです。

石黒:おいしくて有名なケーキ屋さんでしたね。

大橋:僕、若い頃タカサキでクリスマスの時期にアルバイトしてたんですよ。

略 ※大橋さんのケーキ屋アルバイト時代の話。動画はこちら

大橋:そのタカサキさんが閉められる話を聞いたのが、近藤シェフと知り合って半年後くらいで。いい場所だし、それなら僕が継ぎますって、レクラ・ド・リールをやることにしました。シェフと出会って1年後にフランス料理店がオープンしてた。
 開店して5年経って、もうやっていけるねってことで、お店を譲って。だからもう今は彼がオーナーシェフです。

石黒:自分のところの野菜を使う等もあったとは思いますが、まったく専門外のフランス料理店をやろうってよく思いましたね?

清水:これまで話を伺っていると、いい意味でいうと人との出会い、繋がりからいろんなことに挑戦する、悪く言うと行き当たりばったりというか(笑)、フットワーク軽くて、やらない?って言われると、おもしろそうじゃんってとりあえずやってみるというか(笑)。

大橋:その通りですね、僕自身は空っぽなのかもしれない(笑)。でも、近藤シェフの料理を食べた時に「これはおいしい」って思った。フランスには2回しか行ったことないですが、その時に食べた忘れられない料理を、近藤シェフの料理ははるかに凌駕してた。「フランスの星付きよりうまいかも、これはやれるぞ」って。そういう人材には協力したいっていう気持ちはありました。

石黒:トマトの時もそうだけど、そういう人が寄ってくるんですね。

清水:他にはサービスエリアでも出店されてる。

大橋:新東名の岡崎サービスエリアで別会社でやってるのと、前山小学校の近くのメグリアエムパーク店に「丼や 七五郎」というお店を出してます。

石黒:このおいでん市場にも「丼や 七五郎」ありますね。

大橋:七五郎って大橋家の5代前の人なんですけど、墓石に掘ってある名前を見て、この名前いいなって(笑)。

清水:大橋園芸ももちろんやっていて、プラスして夢農人の活動やおいでん市場、その他飲食店など手広くやられてますよね。

大橋:僕の中では、食産業からはブレてないんです。実は大橋家では、僕のおじさん、父親の弟が上郷で「寿し秀」ってお寿司屋をやってて、もう年齢で閉められましたけど、そのきっかけが、うちの父親が弟に「寿司が好きだから寿司屋になれ」って言ってなったという。それくらいなので大橋家は飲食店やることにそんなに抵抗がない。

清水:一般的なイメージは、堅実な農業と、飲食業ビジネスってかなり違う印象がありますね。

大橋:僕にとってはそんなにかけ離れてない。一流のシェフは畑見に行きますしね、食材をゼロから作っているのは農業ですし、飲食業が食材にこだわるのは当然です。
 苗作りは種の品種選びから始まるんですが、こういう野菜を育ててみたいってお客さんとかその野菜を食べる人まで想像して苗を作っていきますから、うちは珍しい苗をたくさん扱ってきたんです。親父もそういうの好きだったんですよね、新しい野菜を作ってみようって。でもちょっと早すぎた、トマトもそうだし、ブロッコリーも愛知県で一番早いくらいに作ったらしいですし。

清水:そういうところはお父さんから受け継いでいるんですね。

大橋:そうかもしれませんね、そういうパイオニア気質というか。「普通のことやろうと思ってないね」ってよく言われる(笑)。

清水:Star☆Tの短編映画の撮影をレクラ・ド・リールでやらせてもらう時も、撮影で場所借りるのって結構嫌がられるんですが「いいよいいよ」って言ってくれて、貸してくれるどころか、エキストラうちの常連連れてきていい?とかノリノリで協力いただいて。

大橋:あれは楽しかったですね(笑)。

豊田の農業/農業からみたまちづくり [動画はこちら]
清水:ここまで大橋さんのこれまでの軌跡を伺ってきたんですが、最後はもう少し広い視点で、豊田の農業、農業からみたまちづくりというテーマで話しをしていきたいと思います。

大橋:豊田市って、トヨタ自動車のおかげもあって、実は特殊な街ですよね。外からは「豊田は景気がよくていいよね」って言われる。

石黒:そうですね、中にいるとわからないですが、他の地方都市と比べるとかなり違うと思います。

大橋:生活レベルは、ちょっと高いかなと思いますし、仕事があるってことはすごくいいことで、これから劇的に人口が減っていってしまうとは考えにくいと思うんです。雇用のある街には安心感もあって、人も寄ってきやすい。そういう人口が減らない状況なら、もっと野菜作っていっていいだろうということで、都市近郊型農業にシフトしていくと思うんです。圧倒的に消費してくれる人の方が農業生産より多いわけで、地域の人においしいものを食べてもらうという農業をやっていきたいと思っています。

石黒:現在の状況というのはどうなんでしょう?

大橋:そうですね、消費するみなさんの意識の問題もあって、地産地消とか、産地には別にこだわらないって方もたくさんいますし、安ければいいとかね。そういう中で買ってもらうには、圧倒的においしくていいものを作るというのが根本ではありますね。そういう意味ではまだまだこれからだと思ってます。
 とにかくおいしいものを食べて欲しいという思いがあって。シンプルにおいしいものを食べると幸せですよね。みなさんに幸せになって欲しい。

清水:地産地消って言葉が出てきてもう20年以上経つんでしょうか、多分にコピーライティング/宣伝とか地元の農家を守れみたいな掛け声的なニュアンスがあったと思います。
 実は私も地元で映画作りを始めた頃に、インタビューなどで「文化の地産地消」ってのをキラーフレーズでよく使ってて、地元の人が地元で映画を作って地元の人達に観てもらう循環を作りたいと。
 元々は農作物について言われた言葉ですが、考えてみたらまちづくりって全部地産地消だと思うんですね。地元の人が自分の住んでいる街をよくしていこうっていろんなものを生み出して、地元の人がそれを消費する、楽しむ、生活するってことですから。だからまちづくりの大元には農業があるって思うんです。

大橋:食について誰か他を当てにしている社会っておかしいって思うんです。

清水:安全保障として考えても重要ですよね。

大橋:都市って、物流が止まったらどうなるのかって考えると、、、。

清水:まさに東日本大震災の時はそういうことに直面した。

石黒:そういう意味で言えば、このコロナの状況も、地産地消について考える機会になったと思いますし、グローバル推進一辺倒から、地域でどう暮らしていくかという意識、SDGsの考え方なども含めて、時代が変わってきていると思います。そういう中で大橋さんが目指そうしていることは、まちづくりというか生き方、暮らし方の1つの方向性になっていくだろうと思います。

清水:単純に言っても、今日食卓に上がるトマトを作った人がここにいるなんてことはなかった。

石黒:地元で作られたトマトジュースがこうやって飲めるというのも最近のことです。農家さんの顔が見えるということもなかったですから、変わり始めていると思います。

大橋:そういう中で、地域の人に向けておいしいものを作っていく、提供していくということを追求していきたいと思っています。

農業と豊田の未来/これから [動画はこちら]
清水:最後にこれからについての話を伺いたいと思います。

大橋:最近若手の子、大学を出た子などが研修させて欲しいって、農業に目を向けてくれる子が増えてきた。そういう人材を大事にしたい、うちで研修受けてもらって独立してもいいし、新しい担い手になっていって欲しいという思いがありますね。僕も45歳になって、次の世代のことをちょっとずつ考えるようになりました。
 自分が持ってる技術はどんどん公開して、自分がしてきた失敗も教えられますし、自分がやってきた分野にはそういう先生はいませんでしたから、自分で模索していくしかなくて、数々の失敗をしてきましたから、そういうことを教えていきたいなと。将来の担い手を作るというのは、夢農人の理念にも入っていますし、農業を魅力ある産業にしていく、次の世代に伝えていくことをやっていきたい。それは、まちづくりにもかかわることだと思います。

石黒:トヨタファームの鋤柄さんに以前お話を聞いて印象的だったのは、自分の子供が農家になりたいって胸を張って言えるようなそういう農業を作っていきたいという話をしてて、ともすれば「お前んち農家なの?」って言われちゃうニュアンスってあったと思うし、特に鋤柄さんのところは養豚でよりそういう思いもあったと思うんですが、農家になることが夢だとか、そう思う子供たちが増えていくんじゃないかって思います。

大橋:かっこいいとまでは言いませんが、なんか楽しそうにやっていれば、農業ってよさそうって思ってくれるかなって。若い頃「農業って楽しい?」って聞かれて「楽しくねーよ」って内心思ってたって話をしましたけど、農業って結構孤独な作業だなって思ってたんです。今となっては晴れた日にトラクターで作業してるだけで「なんて幸せなんだ」って思いますけど(笑)。

石黒:やっぱり農業ってきついっていうイメージがあって、実際30年前富良野では、玉ねぎの苗1本1本手で植えてましたからね。地平線の向こうまで1日中腰を痛めながらやってましたけど、今は機械化も進んで、農作業も大分変ってきていると思いますし、一方で変わらない農業の良さはあると思いますし、うまく組み合わせて、ただただ農業はきついというイメージを払拭していって欲しい。

大橋:20年前と比べても、随分楽になりました。田んぼの中を歩くことがほとんどなくなった。機械がいろんなことを合わせてやってくれるようになって、きつい作業がどんどんなくなってきている。

清水:逆に豊田の農業の課題というか問題点はありますか?

大橋:一番は農地がなくなっていくことですね。もしかしたらこのままバタバタと開発されていってしまうんじゃないかという危機感はあります。うちが受け持っている農地は豊田東インター/豊田ジャンクションの周辺が多くて、どう考えても物流の大拠点なんですよね。だからこの先もしかしたらって思わないでもない。地主さんがハンコ押したらしょうがないしね。

石黒:僕は子どもの頃は豊栄町に住んでましたけど、ここ50年くらいはそれほど風景は変わってない。住宅もあるけど、自然もあって、いしかわさんところのお茶畑もあって、これからも変わらないと思っちゃってますけど、変わっていく可能性も確かにあるわけで。

清水:やっぱり市民ひとりひとりが、自分の住んでる街のことをどれだけ考えられるか、意識できるかということにかかってくる。

大橋:農業が継続的にやっていくためには農家の所得もそれなりにないといけないし。地元のみなさんに買い支えていただいて、地元農業が継続していくって理想なんですよね。そういう意識で買い物もしてもらえるとありがたいなって思います。

和久田:すっかり洗脳されました(笑)、地元の野菜を買おうって思います。

清水:これからの大橋さんがどんなことを仕掛けてくるか、ワクワクして待ってます。

大橋:今この桃太郎ゴールドトマトジュースを推してて、このトマトをうちで作りたいって思ってるんです。

石黒:いいですね~。それこそ、演劇とコラボとかStar☆Tとコラボとか。

和久田:農作業してみたいです。

石黒:いいじゃない、アイドルが農作業してそれを発信する。でも農業って英語でAgriculture(アグリカルチャー)って言って、カルチャーって言葉が入ってるくらいで、もともと農業と文化芸術って親和性が高いものだと思うので、いろんなコラボレーションはできると思います。

大橋:農民画家がいたりとかね。

石黒:日本は特に半農半Xだったわけで、生活そのものだった。

清水:話は尽きないですが、そろそろ終わらなければ、、、。大橋さん何か言い足りなかったこととか、宣伝などあれば。

大橋:そうだ、ここのソフトクリームは十勝から直送してもらってるんです。名古屋駅の高島屋で北海道物産展すると行列ができるソフトクリームが毎日食べられます。

石黒:うちの奥さんは、ここの焼き芋のファンなんです。

略 ※いろいろお勧め商品紹介してもらってます~雑談。動画はこちら

清水:みなさん、まずは、ここおいでん市場に来て、地元の野菜や肉や、魚介類もありますし、全国のおいしいものを買っていってください。

大橋:うなぎもありますよ、すし屋だったおじさんのところで40年以上継ぎ足してたタレをもらっちゃいまして。

清水:夢農人の活動はサイトやSNSで発信されてますね?

大橋:そうですね、Facebookやインスタグラムもありますので、チェックしてみてください。

清水:最後に1冊本を紹介させてください。最近読んだんですが『ニッポンの芸術のゆくえ なぜ、アートは分断を生むのか?』演劇界の重鎮の平田オリザさんと、あいちトリエンナーレでは芸術監督も務めたジャーナリストの津田大介さんの対談本で、地方都市と文化芸術、アートについてのかなり濃い話をしてて面白かったです。
 行政と文化芸術の関わりとか、入門的な内容もあるし、そういうことをあまり知らないとか、行政でそういう分野に携わっている人なんかにも読んで欲しいなと思って紹介します。<TAG>で話していることと繋がる部分もたくさんあるかなと思います。
 ということで、1時間半近くしゃべってしまいましたが、まだまだ聞き足りないこともありますので、大橋さんにはまたお越しいただきたいと思います。ありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

出演者プロフィール
大橋鋭誌(おおはしえつし)
 大橋園芸 代表。豊田市出身、在住。高校を卒業後、専門学校で野菜の栽培方法などを学び、21歳の時に代々農業を営む実家で就農。稲作・育苗を中心に事業を拡大。
 2010年に地元の若手農家グループ夢農人とよた(ゆめのーととよた)を設立。若手プロ農家の組織化を目指し、イベント等への出店、地元産食材を使った「このまちうどん」の開発、その他交流会、人材育成などさまざまな事業を展開。また、積極的に情報発信やメディア掲載を進め、地元農業の認知度を拡大した。
 2015年(平27年)に夢農人での常設店舗「ころも農園 蔵カフェ&マルシェ」を開店、2020年2月に契約期間終了で閉店した後、2020年12月には豊田市元宮町に「おいでん市場」を開店。他にレストラン経営やサービスエリア出店なども行う。
夢農人とよた http://yume-note.com/   

石黒秀和(いしぐろひでかず)
 1989年に倉本聰氏の私塾・富良野塾にシナリオライター志望として入塾。卒塾後、カナダアルバータ州バンフに滞在し、帰国後、富良野塾の舞台スタッフやフリーのシナリオライターとして活動。1993年より9年間、豊田市民創作劇場の作・演出を担当する。
 2003年、2006年には国内最大級の野外劇「とよた市民野外劇」の作・演出を担当。その後、人材育成の必要性を実感し、舞台芸術人材育成事業「とよた演劇アカデミー」(現在はとよた演劇ファクトリー)を発案、実行委員として運営に携わり、2011年から2015年まで短編演劇バトルT-1を主催する。
 2012年からはTOCを主宰して市民公募のキャストによる群読劇を豊田市美術館などで上演。2017年からは、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長として様々なアートプログラムの企画・運営に従事し、同年、とよた演劇協会を設立。会長に就任し、2020年、とよた劇場元気プロジェクトを実施する。
 その他、演劇ワークショップの講師や人形劇団への脚本提供・演出、ラジオドラマ、自主短編映画製作など活動の幅は多様。これまでの作・演出作品は70本以上。1997年からは公益財団法人あすてのスタッフとして社会貢献事業の推進にも従事。豊田市文化芸術振興委員ほか就任中。平成8年度豊田文化奨励賞受賞。平成12年とよしん育英財団助成。平成27年愛銀文化助成。日本劇作家協会会員。
とよた演劇協会 https://toyota-engeki.jimdofree.com/

清水雅人(しみずまさと)
 2000年頃より自主映画製作を始め、周辺の映画製作団体を統合してM.I.F(ミフ Mikawa Independet Movie Factory)を設立(2016年解散)。監督作「公務員探偵ホーリー2」「箱」などで国内の映画賞を多数受賞。また、全国の自主制作映画を上映する小坂本町一丁目映画祭を開催(2002~2015年に13回)。コミュニティFMにてラジオ番組パーソナリティ、CATVにて番組制作なども行う。
 2012年、サラリーマンを退職/独立し豊田星プロを起業。豊田ご当地アイドルStar☆T(すたーと)プロデユースをはじめ、映像制作、イベント企画などを行う。地元の音楽アーティストとの連携を深め、2017年より豊田市駅前GAZAビル南広場にて豊田市民音楽祭との共催による定期ライブToyota Citizen Music Park~豊田市民音楽広場~を開催。2018年2019年には夏フェス版として☆フェスを同会場にて開催、2,000人を動員。
 2016年、豊田では初の市内全域を舞台にした劇場公開作「星めぐりの町」(監督/黒土三男 主演/小林稔侍 2017年全国公開)を支援する団体 映画「星めぐりの町」を実現する会を設立し、制作、フィルムコミッションをサポート。2020年、団体名を「映画街人とよた」に改称し、2021年全国公開映画「僕と彼女とラリーと」支援ほか、豊田市における継続的な映画映像文化振興事業を行う。
 2017年より、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員就任し(2020年度終了)、あいちトリエンナーレ関連事業の支援やとよたアートプログラム支援を行う。
豊田ご当地アイドルStar☆T http://star2t.com/
映画街人とよた http://eigamachibito-toyota.net/

和久田朱里(わくだあかり)
 豊田ご当地アイドルStar☆Tメンバー、俳優、ラジオパーソナリティ。豊田市出身、在住。
 2012年18歳の時にStar☆T2期生オーディションに合格し、Star☆Tの入団。2014年よりStar☆Tリーダー就任、現職。2016年からはStar☆Tの運営スタッフも兼務する。
 Star☆Tの活動以外にも、演劇舞台・映像等出演、テレビ番組レポーター出演等多数。
 2021年7月よりエフエムとよた生ワイド番組のレギュラーパーソナリティも務める。
豊田ご当地アイドルStar☆T http://star2t.com/


2021年6月17日木曜日

【コラム】「市域単位での情報発信のあり方-<TAG>ダイアローグ 2021年6月号の補足を兼ねて-」清水雅人(2021.6)

 <TAG>ダイアローグ 2021年6月号「実際のところ、豊田でのコロナの状況はどうなのか?」で、うまくまとめきれなかった点や、時間の関係でできなかった議論をこちらで補足したい。

 生活圏、あるいは“わが街”として一番イメージできる範囲は市町村単位だと思われるが、市域単位での情報発信のあり方というのが、<TAG>のテーマの1つだと思っている。
 もちろん、市域単位での情報発信メディアは多数存在する。挙げてみると、、、
紙メディア
・新聞/一般紙の地域版(豊田版、三河版等)、地方紙(新三河タイムス、矢作新報など)
・雑誌・情報誌・フリーペーパー(とよたホームニュース、耕Life、Chaoo、ぶらりん、ピーポ等)
・広報紙(広報とよた、コミュニティだより、自治区だより等)
・各企業・団体・個人発行のたより、パンフレット、チラシ等
通信メディア
・ケーブルTV(ひまわりネットワーク)
・ラジオ(エフエムとよた)
インターネットメディア
・新聞等ウェブ版
・ニュースサイト(豊田経済新聞、号外NET、とよたふぁいるず等)
・各企業・団体・個人のサイト、SNS等
 ただ、これらを並べてみて感じるのは、ジャンルに偏りがあること、情報が限定的になること/あるいは広く網羅的になること、汎用性が限定的なこと、告知と評価の両立が難しいこと、などだ。
 例として、行政(市政)情報と飲食店情報と文化芸術情報を比べてみたいと思う。

 行政(市制)情報は、もちろんいろんな媒体で発信されている。
 だが、一般紙の地域版はスペースも小さく、扱う記事は限定的だ。広報とよたや市のホームページは網羅的だが告知が中心であり解説がないのでポイントが絞りにくい。ケーブルTVはいわば市政広報なので広報とよたや市の報道機関発表資料と変わらない。ひまわりネットワークでは市議会中継もやっているが、どれくらいの人が見ているのだろうか、、、。
 対して、市政を評価・解説・評論等する媒体・サイト等は新聞以外には、ほぼないに等しい(市議会議員のサイトやSNSで多少見られる程度か)。市政は、実は私たちの生活全般に大きく関わるが、それを扱うには、現在の新聞の地域版はあまりにも限定的だ。

 よく例に出すが、比べて飲食店情報は充実している。
 食べログやぐるなびといったグルメサイトで市内の飲食店情報はほぼ網羅されている。情報誌やフリーペーパーも飲食店情報が相変わらず中心だ。もちろん飲食店各自もサイトやSNSのページを持つところも多い。
 グルメサイト等の情報は網羅的だが、団体や個人が食べ歩きレポートなどしているブログやSNSページも多い。中にはかなり多くの読者を持つものもある。告知と評価が両立していると言っていいだろう。
 つまり、豊田で今日おいしい○○(ラーメン、和食、洋食、、、)を食べたいと思った時に、営業している店舗の候補と、それぞれのメニュー内容や味の評価が、情報として受け取れるということだ。

 文化芸術情報はどうだろうか。
 各団体、グループ、アーティストはサイトやSNSで情報発信している。公演や展示の会場・公共施設も情報発信している。だがそれらを網羅的に集約しているメディアはほぼない。
 その公演やグループ、アーティストの活動内容や実績はそれぞれのサイトやSNSをあたる必要があるし、客観的な評価や解説はかなり限定的だ(SNS等でも地元の壁があって、評価・評論は書かれない傾向がある。良くも悪くも友達の友達で知り合いだから)。

 <TAG>でやりたいことは、豊田の文化芸術の情報をある程度網羅的に集約することと、関わっている人たちの人となりを紹介して内容や活動の解説・評価・評論すること、この両軸を通して地元のアートを地元のより多くの人に知って、観てもらうことだ。
 情報発信についていえば、文化芸術以外の各分野でも(例えば、、、環境、福祉、農業、教育、まちづくり、市政、、、)、市内のその分野のある程度の情報が網羅集約されつつ、解説・評価もされている媒体(インターネット上が現実的だと思う)があるといいなと思うのだが、理想的に過ぎるだろうか。
※この分野ならそういう媒体が既にあるよという情報があれば教えてください。
 
 今月のダイアローグに話を戻せば、実はこのことに関わってくることばかりなことに気づく。
「市はコロナ対策についてもっと詳しいステートメントを出してもいいと思う」
「一市くらい感染対策を徹底してパブリックビューイングをやるっていうところがあってもいいのに」
「マスクをしないで自転車通学してたら学校に通報があって、学校からもマスクは外さないようにって指導があったみたいで、本当にナンセンスだと思う」
などなど。
 確かに、これらは今ここでこのような発言をしただけでは、変わらないだろう。
 変えていくには、市民のコンセンサスがある程度見えることが必要だと思うが、それはここで言ったような情報の集約と評価の場から始まるのではないかと思っている。
 意見交換や議論を通しておぼろげでもコンセンサスが見えるようになり、市民間でも市民と行政間でも信頼関係ができれば、独自のことやっても大丈夫だし、ごく少数のクレームに恐れて本来の目的を見失うこともなくなるのではと。
 もちろん、このような市民コンセンサスは、地域コミュニティや既存の団体などで形作られてきたと思うが、それらに属さない市民がどんどん増えている今、市域単位での情報発信のあり方がキーになってくると思っているがどうだろうか。


清水雅人(しみずまさと)プロフィール
2000年頃より自主映画製作を始め、周辺の映画製作団体を統合してM.I.F(ミフ Mikawa Independet Movie Factory)を設立(2016年解散)。監督作「公務員探偵ホーリー2」「箱」などで国内の映画賞を多数受賞。また、全国の自主制作映画を上映する小坂本町一丁目映画祭を開催(2002~2015年に13回)。コミュニティFMにてラジオ番組パーソナリティ、CATVにて番組制作なども行う。
2012年、サラリーマンを退職/独立し豊田星プロを起業。豊田ご当地アイドルStar☆T(すたーと)プロデユースをはじめ、映像制作、イベント企画などを行う。地元の音楽アーティストとの連携を深め、2017年より豊田市駅前GAZAビル南広場にて豊田市民音楽祭との共催による定期ライブToyota Citizen Music Park~豊田市民音楽広場~を開催。2018年2019年には夏フェス版として☆フェスを同会場にて開催、2,000人を動員。
2016年、豊田では初の市内全域を舞台にした劇場公開作「星めぐりの町」(監督/黒土三男 主演/小林稔侍 2017年全国公開)を支援する団体 映画「星めぐりの町」を実現する会を設立し、制作、フィルムコミッションをサポート。2020年、団体名を「映画街人とよた」に改称し、2021年全国公開映画「僕と彼女とラリーと」支援ほか、豊田市における継続的な映画映像文化振興事業を行う。
2017年より、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員就任し(2020年度終了)、あいちトリエンナーレ関連事業の支援やとよたアートプログラム支援を行う。


【コラム】「部屋に籠る妻」石黒秀和(2021.6)

 妻が韓流ドラマにはまっている。昨年の6月頃からだからかれこれ1年余りになる。きっかけは、僕が芝居の台本を書くのに、登場人物の一人が韓流ドラマにはまっているという設定だったのでリサーチのためにNetflixに契約し「愛の不時着」を観ていたことにある。噂通り確かに面白いドラマではあったが、全16話22時間あまりに及ぶその長さに正直僕は途中で飽きてしまい、まぁ、大体分かったとNetflixの契約を切ろうとしたところ、脇で一緒に観ていた妻がいつの間にかすっかり洗脳されていた。「私の唯一の楽しみを奪わないで!」。コロナ禍でどこにも行けずストレスをためていた彼女は、しかし以来、笑顔で暇さえあれば一人部屋に籠っている。

 そんな妻に、先日、韓流ドラマのどこが面白いのかと聞いてみたところ、嬉々として幾つか理由を挙げられた。曰く「男の人がよく泣く」「イケメンが多い」「お金持ちと貧乏人だったり、王妃と家臣だったり、身分を超えた恋がいい」「遠くからじっと見守る主人公のその眼差しがいい」などなど。とにもかくにも、韓流ドラマは女性ホルモンの分泌に多大な効果があるらしいのだ。妻などはもう日本のドラマはつまらなくて観る気がしないという。日本のテレビドラマに感動してシナリオライターを目指し、富良野塾の先輩後輩が書いたドラマも放映されている身としては、そんなことないんじゃないの? と反論もしたいところなのだが、確かに僕自身、いまやテレビドラマはほとんど観ず、好きな番組はドキュメント系のものばかり。悔しくも納得せざるを得ない現状なのである。

 ただ、韓流ドラマやK-POPと呼ばれる音楽コンテンツが、いまや日本だけでなくアジア、さらに世界中で人気を博している背景には、韓国の国を挙げての人材育成や戦略があると聞く。そこには文化芸術に国が関与することに対する少なからぬ議論の余地もあるのだろうが、結果と効果は明白である。日本もあわててクールジャパンなどと言ってアニメなどのコンテンツを守り育てようとしているが、なんだかそこにはあまり本気を感じないのは僕だけだろうか。と言うか、日本の社会には文化芸術はあくまで個人の趣味であり、好きな人たちが好きにやっていること、という本音がその根底にはある気がするのだ。もちろんそのことを否定する気もないのだが、だから不要不急だと疑問なく言われてしまうとやっぱりなんだかひっかかるものがある。

 コロナ禍、長引く自粛生活で中高年の特に女性を中心に鬱や更年期障害の悪化が見られるという。しかしおかげさまで我が家では、韓流ドラマのおかげでその危機を乗り越えようとしている。テレビドラマで感動し、また感動している人を見て、観る側から創る側に行きたいと思った十代のあの頃。五十代になって、なんとかその末端には立っている気がするのだが、では、果たして誰かの心を動かす感動を生み出すことはできているのか? 一人部屋に籠り、「サランヘヨ」と涙を流している妻を見て、せめて彼女の女性ホルモンくらい、自分の作品で増やしてあげねば・・・そう思ってはいるのだが・・・。


石黒秀和(いしぐろひでかず)プロフィール
1989年に倉本聰氏の私塾・富良野塾にシナリオライター志望として入塾。卒塾後、カナダアルバータ州バンフに滞在し、帰国後、富良野塾の舞台スタッフやフリーのシナリオライターとして活動。1993年より9年間、豊田市民創作劇場の作・演出を担当する。
2003年、2006年には国内最大級の野外劇「とよた市民野外劇」の作・演出を担当。その後、人材育成の必要性を実感し、舞台芸術人材育成事業「とよた演劇アカデミー」(現在はとよた演劇ファクトリー)を発案、実行委員として運営に携わり、2011年から2015年まで短編演劇バトルT-1を主催する。
2012年からはTOCを主宰して市民公募のキャストによる群読劇を豊田市美術館などで上演。2017年からは、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長として様々なアートプログラムの企画・運営に従事し、同年、とよた演劇協会を設立。会長に就任し、2020年、とよた劇場元気プロジェクトを実施する。
その他、演劇ワークショップの講師や人形劇団への脚本提供・演出、ラジオドラマ、自主短編映画製作など活動の幅は多様。これまでの作・演出作品は70本以上。1997年からは公益財団法人あすてのスタッフとして社会貢献事業の推進にも従事。豊田市文化芸術振興委員ほか就任中。平成8年度豊田文化奨励賞受賞。平成12年とよしん育英財団助成。平成27年愛銀文化助成。日本劇作家協会会員。


【ダイアローグ】<TAG>ダイアローグ 第35回「実際のところ、豊田でのコロナの状況はどうなのか?」 ゲスト後藤真一氏(新三河タイムス編集長)動画公開及び文字起こし(2021.6)

豊田で活躍する人材をお招きしてお話を伺う<TAG>ダイアローグ。
2021年6月号は、新三河タイムス編集長の後藤真一氏をゲストにお招きし、豊田市という括りで昨年来のコロナの状況は実際のところどうなのか?をテーマに、豊田市の感染者数等のデータ分析、豊田市保健所への照会と回答、豊田市各分野の状況などについて話しました。
ゲスト:後藤真一(新三河タイムス編集長)
ホスト:石黒秀和、清水雅人 アシスタント:和久田朱里

<TAG>ダイアローグ 第35回「実際のところ、豊田でのコロナの状況はどうなのか?」
ゲスト後藤真一氏(新三河タイムス編集長)2021年6月号 動画  → https://youtu.be/faahIs7U0No
<TAG>チャンネル登録もよろしくお願いします → https://www.youtube.com/channel/UCIjZssyxVzbc1yNkQSSW-Hg

1時間超の動画をご覧になるお時間がない方のために、文字起こしも掲載します。
※全編の文字起こしではありません、よろしければどうぞ動画をご覧ください。

ゲスト紹介
清水:みなさんこんにちは、<TAG>ダイアローグ2021年6月号です。再開して2回目です。石黒さん、再開して反響とかありました?

石黒:反響?あれば嬉しいんですが、、、まあ、それでも2年ぐらいやってなくて、非常に少数ですが、楽しみにしていてくれた人がいたんだなぁと。

清水:私も、1人2人ですが、メッセージいただきました、手伝うことがあったら言ってくださいって。動画の再生数は、公開して1ヶ月弱で50回くらい、コラム掲載のブログはもう少し多くて70~80くらいでしょうか、2年前と変わらない感じです。ここから下がっていかないように、少しずつ増やしていけるようにしたいと思ってます。
 でも、先月2人でいろいろ話をして、単純に楽しかったですね~。

石黒:そうそう(笑)、いいストレス発散になったというか。

清水:今回は、たくさんの人に興味をもって見て、読んでもらいたいテーマだと思うんですが、先月のダイアローグでは、昨年来のコロナ禍の中で豊田の文化芸術の状況の話をしました。それで第2回目はどんな話をするかを考えた時に、コロナって未曽有の、歴史に残る出来事だと思うので、もう1回コロナをテーマに、それも豊田におけるコロナの状況って実際どうなのか、マスメディアではやはり全国と言いながら東京の話がメインだし、東海地区で言っても名古屋のことが中心になりがちなので、豊田のコロナというテーマをやっておきたいと思いまして。
 ということで、今月はこの方をゲストにお迎えしました、新三河タイムス編集長の後藤真一さんです。よろしくお願いします。

後藤:よろしくお願いします、お久しぶりです。

清水:後藤さんは<TAG>2回目の登場です。最初からお詫びなんですが、前回出演いただいた回の文字お越しができてなくて、<TAG>再開を機にできてない分を少しずつやってるんですが、つい最近前回の分がアップできまして。
※2017年1月<TAG>ダイアローグ 第7回「豊田の私的現在民俗学的歴史といま・これから」ゲスト:後藤真一氏(新三河タイムス)動画及び文字起こしはこちら → 
 https://toyotaartgene.blogspot.com/2021/05/tag-720171.html

後藤:届いてました。

清水:それで、再見したんです。前回の2017年1月の時は、私たちが生きてきた、豊田の30~40年くらいのまちの歴史を振り返ったんですが、最後に5年おきくらいの節目で豊田の現状の話をしたいですねって話してて、前回から4年半経ちますので、ちょうどいい時期かなと思ってます。
 後藤さん、コロナの影響はいかがですか?

後藤:そうですね、仕事としては取材をリモートでしかできないということもなくやれてますし、大きな影響はないと思います。最初の緊急事態宣言では、学校が休校になったり、公共施設が閉まったり、イベントなどが中止になったりと、取材先が減ったということはありましたけど、その中でも自分たちでニュースを探してやってきました。

清水:逆にニュースも多かったんじゃないですか。

後藤:そうですね。

清水:そして、今回から、豊田ご当地アイドルStar☆Tの和久田朱里さんに、若者代表として、アシスタントとして参加してもらうことになりました。

和久田:がんばります。

清水:まずは、この画ずらをなんとかしたいとも思いまして(笑)

石黒:今回だって、朱里ちゃんがいないとおじさんばっかだからね(笑)

後藤:3人は50代ですね、私も3月に50歳になりました。

清水:そうでしたね、後藤さん私たちの1つ下ですもんね。画ずらだけでなく、若い人が思っていることもぜひ聞きたいというねらいもありますので、言いたいこと、わからないことは遠慮せずに発言してください。

豊田のコロナをデータで見る
清水:今回のテーマにおいて、まずは、豊田の新型コロナウィルス感染症の実際はどうなの?ということで、コツコツデータを拾いました。

石黒:さすが元役人ですね~。

清水:はい、こういうことずっとやってました。感染者数の動向とか、豊田市保健所にも照会を出しましたが、まずは、そもそも保健所ってなんぞやって話からしたいと思います、和久田さん保健所って何かわかりますか?

和久田:うーん、市民と病院を繋いでくれるところ?

清水:なるほど。実は、改めて聞かれると答えられない人も多いかもしれないと思い、調べてきました。まず、保健所って県の機関なんですね。定義を言いますと、
「保健所および保健センターは、地域保険法によって設置されています。「保健所」は広域的・専門的なサービスを実施し、住民に身近な保健サービスは市区町村の「保健センター」において実施されています」
だそうです。
 広域的なサービスを実施するということで、保健所は県の機関なんですが、豊田市は中核市なので、保健所機能は豊田市が担っています。愛知県内では、政令指定都市の名古屋市と、中核市の豊田市、岡崎市、一宮市、豊橋市が県ではなく、市が保健所を持っている。この5市以外の市町村は、県が管轄しています。
 みよし市は、衣浦東部保健所管轄ですね?

後藤:そうですね。

清水:豊田市が中核市になる前は、豊田加茂地域で保健所がありましたね。医療とか保健分野を担っているイメージです。

石黒:僕らが一番関わりがあるのは、イベント等で飲食物出店などする時に申請を出しに行くところってイメージですね。検便とか。

後藤:動物とかペットなども保健所ですね。

石黒:ああ、そうですね。野良犬は保健所が連れて行くってイメージですね。

清水:ということで、データを色々見ていきたいんですが、最初は豊田市の現在の状況です。この表は豊田市のホームページに掲載されているものです。
 


清水:こうやってみると、昨年の4、5月、最初の緊急事態宣言時は、今からみると感染者数は全然少ないですよね、これは全国的にそうなんですが。
 それから、感染者数は今年の1月と4月の方が昨年より断然多いんですが、相談件数は、昨年の8月が多くて、今年に入ってももちろん相談増減してますが、昨年の8月は超えてません。これ、よくとると、我々もコロナに関する知識が多くなっていちいち相談しなくてもよくなった、悪くとると、もう慣れてしまってきた、とも言えるかなと。

後藤:昨年の4月の頃は、初めての経験でしたからね。

清水:このグラフ等は豊田市のホームページで毎日更新されてますので興味のある人はどうぞ。

その次はデータを拾いました。豊田市、岡崎市、豊橋市、名古屋市、愛知県、それと東京都、大阪府の2021年5月1ヶ月間の感染者数実数と人口1万人あたり数です。




清水:人口1万人あたりのグラフを見てもわかるんですが、豊田市と名古屋を比べると1万人あたりでも名古屋市の方が多いです。県内のすべての市町村の感染者数を調べたわけではないですが、名古屋市が愛知県の平均を押し上げているという構図が推測されます。



清水:豊田市、岡崎市、豊橋市の1万人あたり感染者数のグラフを見ると、まあ、ほとんど変わらないか、豊橋が5月後半若干多いかなと。

石黒:クラスターが発生すると、こうなるのかもしれませんね。

清水:そうですね、言っても市内感染者の実数は1日10~20人くらいの推移ですから、数人増えるだけでも反映は大きくなりますね。

石黒:なんとなく豊田は感染者数多いのかなって思ってましたけど、こうやってみると、同じような他市と比べても、多くもなく少なくもないってことですね。同じような人口規模だと、大体同じような感染者数だと、少なくとも愛知県内で見ると。

清水:そうですね。それで、そういうことも含めて、豊田市に正式に照会をしまして、正式に回答をいただきました。

新型コロナウィルス感染症についての照会及び回答 豊田市感染症予防課 令和3年6月8日回答
○豊田市の感染者数の動向等について伺います。
質問① 各自治体のホームページ等を参考に人口1万人あたりの5月1日~31日1か月間の感染者数を調べさせていただいたところ、豊田市14.80人、名古屋市23.81人、愛知県18.37人となりました。
1万人あたりで名古屋市と10人近い感染者数の違いがありますが、そのことについて、理由の分析、推測等はありますか?
回答① 感染者数の多い少ないには様々な理由があると思われますが、状況は刻々と変動していますので、分析、推測等についてはお答えできません。
また、愛知県下においては、濃厚接触者の認定や検査対応等について、名古屋市や県内他自治体と違いはありません。


清水:という回答でした。まあ、この質問の答えはこうしかないかなぁとは思ってましたが、、、。ただ、ここで聞きたかったことの1つは、例えば濃厚接触者の認定方法とか、対応に自治体によって違いはあるのかってことで、それは電話でも聞いたんですけど、少なくとも愛知県内では自治体による違いはないということでした。なので、例えば検査数の違いで感染者数も違いがある、このウィルスは検査数が多ければ感染者数も増える傾向があると思うんですが、対応の違いが感染者数の多い少ないの要因ではないということになります。名古屋市が検査の範囲を広くやっているから、感染者数も多いということではないということですね。
 なので、名古屋市と豊田市ほかとの人口1万人あたり感染者数の差は、推測ですけど、やはり人口密度とか、繁華街の大きさとかが大きな要因なのかなぁと。

石黒:それは、全国的な傾向でしょうね。



後藤:でも、人口1万人あたりでみると、愛知県より東京都の方が少ないんですね。東京都は豊田市よりもちょっと多いくらいですもんね。

清水:そうなんですよ、情報としては感染者人数がバンッて東京1,000人超えた!って感じでニュースで出るので印象が強くなりますよね。愛知県も全国的に見て感染者数多いので、東京が少ないというわけではないんですが。

後藤:交通死亡事故についてもそうなんですけどね、豊田が多い多いって言われるんですが、人口あたりにするとワースト1ではないんです。行政側は啓発のためにも実数としてワースト1だってことを強調するんですが、実は人口で考えれば、一番多いわけではない。

清水:でも、こうやって感染者数の動向を検証してますが、そもそも感染者数ばかりが報道で強調されること自体にも疑問があります。無症状者が多い、無症状でも感染させる可能性があるというこのウィルスの特性を考えれば、感染者数だけで一喜一憂するのもちょっと違うんじゃないかと。

後藤:報道でも「金曜日としては過去最高」とか、そういう言い方をして不安をあおってますね、数が増えているってことを強調する言い方をする。

石黒:検査数って結構重要だと思うんですね。市の回答では、対応は違いがないということですが、検査数、例えば同じ規模の他市との検査数には違いがあるんでしょうか。

清水:検査数については、各自治体のホームページでは5月1ヶ月間の数がわからない市もあって、これまでのトータル検査数はわかるので、それを人口割りしてみました。ただし、検査数の人口割りは本当は正しくなくて、例えば陽性反応が出ると、2週間後などにもう1回検査する等あると聞くので、人口あたり何人が検査を受けているという数字でもないんですが、人口規模をならすための目安として、検査数を人口で割ると、

豊田市7.59% 豊橋市7.06% 名古屋市10.82%

となりました。岡崎市が医療機関の検査分が足された数字が見つからなくてわからなかったので出してません。こうやってみると豊田市と豊橋市はほぼ同じくらいですね。名古屋は少し多いですけど、これも、先ほど言ったとおり、陽性者は2回3回と検査をしますので、陽性者が多いと検査数も倍々で増えることになって、名古屋が2~3%多いのも誤差の範囲内かなと思います。なので、名古屋市が濃厚接触者認定の範囲が広くて検査数も多いので感染者数も多いということにはならないと推測されます。
 それから、病床数についても、豊田市感染症予防課に聞いてみました。

○新型コロナウィルス感染症用病床数について伺います。
緊急事態宣言等は、第一に医療ひっ迫を回避するための措置と、発表や報道で聞いています。
質問① 豊田市での新型コロナウィルス感染症用病床数は公開されていますか?公開されている場合はどこを見ればわかりますか? 公開されていない場合、現在の確保病床数を教えていただくことは可能でしょうか。
回答① 新型コロナウィルス感染症用病床については愛知県が県域全体を管理していますので、豊田市からはお答えできません。愛知県全体の病床数、使用率等は厚生労働省、報道等で公表されています。
質問② 現在確保されている病床数は、十分な確保数と認識されていますか?十分ではないと認識されていますか?
回答② 新型コロナウィルス感染症用病床については愛知県が県域全体を管理していますので、豊田市からはお答えできません。
質問③ 確保病床数は、新型コロナウィルス感染症流行の第一派(最初の緊急事態宣言発令時)の頃より増えていますか?増えている場合は、どれくらいの割合で増えていますか?また今後増えていく予定はありますか?
回答③ 新型コロナウィルス感染症用病床については愛知県が県下全体を管理していますので、豊田市からはお答えできません。

清水:病床数については、県全体で管理しているので、豊田市では回答できないという回答でした。電話で担当者も「こんな回答ですみません」って謝ってましたけど(笑)。それで、県に照会するまではしてません。実際は、県内での自治体区域を越えて入院する等もあると思いますし、なるべく近いところに入院することが原則だとは思いますが、臨機応変に対応してるでしょうから、豊田市内で何床確保しているという数字は出せないんだと思います。
 なので、都道府県ごとの確保病床数と使用率の数字を持ってきました。これは厚生労働省が1週間ごとでホームページに公表しているデータです。
 昨年の5月からの愛知県の確保病床数です。途中から重傷者用、これは病床数の内の重傷者用数です、それと使用率も出てます。






石黒:これは、入院待機の宿泊施設分とかは入ってるんですか?

清水:それは入ってないと思います。愛知県は、当初は約500床から始まって、現在は約1,500床確保されてます。ここに出てませんが、もう1つ即応病床数ってのが出てて、注釈を読むと、確保病床数は医療機関と調整済の病床数で、即応病床数は要請があれば受け入れ可能な病床数とあります。いわゆる調整してないけど入院できるはずの数字ってことだと思うんですが、昨年の早い時期、確保病床数500床の頃にも即応病床数は1,500となっていて、現在確保病床数が1,500となっているので、県内の受け入れ可能な病床の調整がほぼできて今1,500床確保になっていると、表から読み取れるのかなと思います、確認までしてないので推測ではありますが。
 だから、この1,500床というのが実際のキャパシティの上限で、ここを超える入院必要者が出てくると本当にまずい事態になるのでは?とも思います。
 これも市の担当者に聞きましたが、実際は1,500床常に空けてあるのではなくて、状況に応じてコロナ用病床は増やしたり減らしたりしているとのことです。
 最新状況、6/9現在(収録時)の愛知県の病床使用率は54%、重症者病床58%です。今朝の中日新聞に出ていた数字です。少し前までは60%を超えていましたが、これは全国的に見てもかなり多い方です。北海道、首都圏、愛知、大阪、沖縄が病床使用率がかなり高い。

石黒:さらに、本当は入院が必要な人が入院できてない状況もあるでしょうから、その使用率が実態とも言いきれないでしょうね。

清水:大阪は、一時期本当に入院ができない、医療ひっ迫を超えて、、、

石黒:医療崩壊が起きていたって言いますね。

後藤:日本の病床数は世界の中でも多いと言われながら、コロナ用は確保できない状況ですね。

清水:それもずっと言われてますね、いわゆる民間病院が多くて、強制できずお願いしかできないというのが政府の見解のようですけど。
 ここまででわかったことは、市単位で見ると、感染者数を人口規模で割った感染者数は名古屋市よりは少ない。同規模の岡崎市、豊橋市と比べると同じくらい。病床数は愛知県全体でしかわからないが、現在約1,500床が確保されている、使用率60%を超えてひっ迫した状況もあったが医療崩壊までには至っていない。1,500床以上が必要になってくるとまずい状況になるかもしれない。
 マスメディアの報道を見ていると、ショッキングなあおる言葉や数字に惑わされがちですが、こうやってデータをベースに、生活圏でもある自治体単位の状況を見ることも大切ではないかということで、調べました。
 最後に、豊田市感染症予防課にもう1つ、ワクチン接種のことについて聞きました。

○ワクチン接種について伺います。
豊田市における集団接種や個別接種について、行政のみなさんの迅速な対応等発表や報道で確認しています。
質問① 現在、医療従事者等及び高齢者の接種が進んでいるところかと思いますが、接種対象となっている12歳以上の市民全員の接種が終わる時期は、豊田市ではどれくらいになりそうか目安、想定はありますか?
回答① 豊田市でのワクチン接種の目安、想定につきましては、国が16歳以上のワクチン接種を行う期間を令和4年2月末までの予定としており、豊田市もそれに沿って実施を計画しています。

清水:この回答をもらった直後に、菅総理大臣が国会で64歳以下も11月までに接種を終わらせるという答弁があって、市の担当者からも電話があったんですが、今のところ国から具体的な指示がまだ来てないので、現時点では、来年2月までの予定で計画しているとのことでした。
 豊田市も6月から高齢者の豊田スタジアム等での集団接種や医療機関での個別接種が進んでいるところです。実際のところ混乱等はありますか?

石黒:うちの母親は岡崎在住なんですが、予約が全然取れなくてね、朝9時から電話とパソコンでやっても全然取れなくて、1ヶ月くらい経った今週やっと予約できて。それでも運がよかった方みたいで、まだまだ予約できない人がたくさんいるみたいです。
 豊田は比較的スムーズにみんな予約できていると聞いていたんですが、先週くらいから全然つながらなくなったって聞きますね。

後藤:75歳以上が先に通知があって、それから65歳以上が5月末から通知が発送されて、今だぶって申し込みがされてるから、一気に混雑しているんだと思いますね。

石黒:岡崎の場合は、最初から64歳以上で申込が始まったので最初から混雑して、豊田は75歳以上と65歳以上を分けてたので、最初はよかったけど、今両方の層が申し込むから混雑しちゃってるってことですね。

清水:うちの母親も今年75歳になったので、通知が来て「かかりつけ医がいるんでそこでやりたいけど、受診して予約して接種はその1か月後って言われちゃった。早くやるなら集団接種に申し込んだ方がいいのか、でも人が多いところはあんまり行きたくないし、、、」と言ってました。まあ、ワクチン打ってすぐなんでもできるようになるわけでもないし、1ヶ月違ったところで大差はないから、かかりつけ医でやってもらった方がいいんじゃない?って言いましたけどね。ライン申込でログインしてあげたりはしましたけど。

石黒:病院によっても、早い遅いの違いがあるようですね。

和久田:うちのおばあちゃんも、毎月検診に行ってて、来月の接種をもう予約したって言ってました。

石黒:豊田市では、接種会場でトヨタとヤマト運輸が協力して、カンバン方式を使ってというのが話題になってましたね。

清水:全国ニュースになってました。

石黒:後藤さんは取材行かれたんですか?

後藤:私は初日に豊田スタジアムの方に行きまして、特に混乱もなくスムーズにやってました。うちの母親は、猿投支所が近いんで相談に行ったら、すぐにその場で予約できたようです。

石黒:支所で申込ができる?

後藤:ネット申込を職員がサポートしてやってくれるんですね。

石黒:岡崎はそれを来週あたりから始めるみたいですけど、豊田市はもうやってるということですね。それは各支所でですか?

後藤:支所ですね。

石黒:本当は交流館単位くらいだと高齢者も便利なんでしょうけど、中学校区単位に交流館があるので。

清水:これから64歳以下の接種も進んでいくんでしょうけど、どうですかね、年内くらいに終わりますかね。

石黒:うーん、私は年は越すかなぁなんて思ってますが、でも菅総理が11月までって言ったので、がんばってやるかもしれせんね。

後藤:海外などはワクチン接種が進んだらマスク外してますけど、日本人は外さないでしょうね。

清水:そうですね、外さなそうですね。

略 (ワクチン接種等についての雑談)

※データ出典
新型コロナウィルス感染症感染者数:各自治体ホームページ、NHK特設サイト
人口:豊田市 岡崎市 豊橋市 名古屋市は2021年5月1日現在 東京都 大阪府は2021年4月1日現在(各自治体発表)
病床数等:厚生労働省ホームページ

コロナ禍にまつわることで思うこと
清水:豊田市のコロナにまつわることで感じたのは、情報発信についてなんですが、豊田市長は小まめにYouTubeで動画も公開してて、それは評価していいと思いますけど、どうしてもいわゆる公式発表になっちゃうんで、本当はもう少し詳しいステートメントがあってもいいのにって思うんです。
 例えば、自分に身近な例で言うと、イベント開催の制限について、先月も言いましたが、第2派の後くらいから少し緩和されたというか、対策を徹底した上で恐れずに開催検討していいという方針があったという噂があって、でもどうも今回の緊急事態宣言時はまた厳しくしているみたいなんですよね、これも噂なんですけど。公式の制限は収容率50%以下等同じなんですが、対応が違っていて、そういうこともちゃんと公式で説明していいと思うんです。「今回は変異株も増えてきて感染力も強いようなのでちょっと厳しくします」とか説明されれば、こちらも従うのにって。もっと違う理由かもしれませんが。個別の事例が方々から耳に入って、どうも厳しくしてるみたいだってわかるという感じなので。
 ただ、これも裏を返すと、そういう説明を公式にしちゃうとすごいクレームがきちゃうからできないんだろうなとも思いますけどね。他市はいいのになんで豊田市はダメなんだとかね。これは、市民も行政を信頼している、行政も市民を信頼しているという状況でないとできない。

石黒:今まさにオリンピックがそういう状況でね、エビデンスって言うけれども、国も、行政も、我々も、雰囲気で動いちゃってるなぁって感じますよ。本当にオリンピック開催にどれくらいの危険性があるのか、それで感染者数がどれくらい増えるのか、科学的には疑問もあると思うんですが、雰囲気として「やめた方がいい」ってなってるのかなと。
 例えば外をジョギングで走っている人までマスクする必要があるのかとか、最近公園も封鎖してますけど、そんな必要があるのか。おそらくそんな必要はないと思うんだけど、あれも雰囲気ですよね。

清水:公園でもね、大人数で密集してバーベキューして飲食してたらよくないけど、離れてレクレーションしてる分には問題ないはずなのに、一律公園利用禁止ってなっちゃう。ごく少数のクレーマーがギャンギャン言うからでしょうけど、社会全体がそういう風潮になってきていたのが、このコロナで一気に加速したと思います。

石黒:うちの娘も豊田の公立高校に自転車で通ってるんですが、高校の近所の住民から、マスクをしないで自転車通学している生徒がいると学校に通報があったみたいで、生徒全体に学校から「自転車通学時もマスクを絶対に外さないように」って言われたって聞いて。うちの娘はまじめにマスクして通ってますけど、それは本当にナンセンスだなと思いますよね。
 そういうことを通報する市民はまあいるだろうなとは思いますが、学校がそれを真に受けて、生徒に指導しちゃうって、安心安全を考えても、どちらが大切かって、すぐわかると思うんだけど。そういうことが、学校に限らず、いろんな場面であるんだと思います。本当に大事なことはされてなくて、雰囲気で、ポーズでやっておくようなこともまだまだ多いなというのが実感です。

清水:そういう世知辛い世の中だなってのも、国単位で変えていくのって気が遠くなってしまって、日本人は、、、って愚痴を言うだけになってしまいがちなんですが、地域単位ならまだなんとかなるかもって思えるんですけどね、、、。

後藤:地域単位も難しいかもですよ、他の地域から言われちゃいますから。

石黒:豊田市もオリンピックのパブリックビューイングが中止になりましたね、愛知県が中止を要請してそれに従ったわけですけど、一市くらいね「うちは感染対策ちゃんとやって、パブリックビューイングやります」って言うことろがあってもいいのになぁって、個人的には思っちゃいました。

清水:それこそ、さっきのコロナの検査についてでも、県下同じやり方じゃなくて、うちは広い範囲で検査しますってことがあってもいいと思うんです、マスク外してなくても会った人は一律濃厚接触者として検査しますよってやっても。まあ、国や県から違うことはしないようにって言われるんでしょうけど。地方分権って言われて長いですけど、そういうところ建前と本音は全然違うなって思いますね。

石黒:オリンピックに関して言えば、コロナのことだけじゃなくて、利権とか政治とか、そういうそもそものこともごっちゃになって反対って言ってる人も多いとは思いますけどね。本来なら、やれる方法をみんなで考える、例えば無観客というのも1つの方法だと思うし、そういう方向に向かうべきところが、なんかよくわからないけど、とりあえず中止ってなってしまうのは、短絡的かなって思いますね。

豊田でのコロナの状況
清水:ここまでで大変長くなってしまったんですが、いよいよ本題です(笑)。豊田市の新型コロナウィルス感染症自体の現状を知った上で、後藤さんにここ1年の豊田の実際をお聞きしたいと思うんですが、とりあえず市内企業、店舗・飲食店等、学校、医療機関、各地域(コミュニティ、自治区)など項目立てしてみました、後藤さんからみて豊田市の状況はどうですか?

後藤:今思っているのは、何回か緊急事態宣言も出て、飲食店も時短営業とかアルコールが出せないとかもあって、それに大分慣れてきてしまっていて、果たしてコロナが終息しても復活するのか、、、今の状況が当たり前になってしまって、もう戻らないのではないか、その辺りが心配ではありますね。

清水:飲食店以外の市内の一般の企業等はどんな状況ですか?リモート進んでますか?

後藤:トヨタなんかはすぐリモートにしましたね。

清水:工場などは難しいですね。

後藤:工場はできないですが、ホワイトカラーの人達はリモートでやってますね。

石黒:ずっとリモートでやってますよ。部とか部署によって違いはあるでしょうけど、基本的には昨年来ずっとやってますね。

清水:工場等も時々クラスター発生のニュースを耳にはしますが、大きな問題にはなってませんね。

後藤:そうですね、あの規模の従業員数にしては感染者も少ないと思います。

清水:トヨタ以外の企業活動もいかがですか。

後藤:そうですね、トヨタの業績もいいですし、部品関連企業もコロナの状況でも活発に企業活動している印象です。

清水:製造業自体は、直接コロナの影響は受けにくい分野ということもありますね。

後藤:逆に、人と接するサービス業、飲食、ホテル等は厳しいと思います。特にホテルは、トヨタ系に関する出張者が皆無ですし、海外からの来豊者もいないし、ここ1年駅前でも白人外国人は一切見なくなりましたからね。

清水:観光業も、特に豊田は出張者が多くを占めていたと思いますが、出張しなくてもことは足りるってわかってしまったので、コロナが終息しても戻らないかもしれませんね、、、。

石黒:現状豊田のホテルは厳しそうですか?

後藤:厳しいと思いますね。小さいところだけでなく、大きいところは従業員もたくさん抱えているので、影響は大きいと思います。

清水:もしかしたらやめてしまうところが出てくるかもしれませんか。

後藤:そうですね、ありえると思いますね、飲食店なんかも。飲食店は今緊急事態宣言下で、営業は夜8時まで、アルコール提供も禁止でやってます。ただ、何店舗かアルコール出しているお店はありますけどね。そこは人があふれかえってます、、、。

清水・石黒:そうですか。

後藤:密になってますね、、、。

石黒:その辺り、県の行政指導が入るってニュースがやってましたね。

清水:ちょっと前は路上飲みとか公園飲みを取り締まるみたいなニュースもあって、最初はパチンコ屋を叩くみたいなこともあった。でもそういう悪者さがしみたいな報道って、うーん、どうなの?って思ってしまいます。

後藤:代わりに、屋外施設、キャンプ場などは繁盛してますね。去年もゴールデンウィークはキャンプ場がいっぱいで、河川敷とか本来はキャンプ禁止のところでやってる人が増えてた。

清水:学校などはどうですか。

後藤:学校もリモート学習が進んだと思います、豊田市はその辺り遅れている方だったんですが、この機会に背中を押されて。いいきっかけにはなったと思います。

清水:学校内もみんなマスクして授業受けてますか?

後藤:高校は全部マスクつけてですね。

石黒:クラスメイトの素顔見たことないって言ってますね。

清水:数か月前にStar☆Tのメンバーに聞いたんですが、例えば発熱して学校を休んて、熱が下がって登校する時にコロナに関する調査とか聞き取りとかあるの?って聞いたら、いや特にないですよって言ってて、大丈夫?って思いました。

石黒:まあ、厳密にやり過ぎても、進んでいかないということもあるんじゃないですかね。

清水:各地域、コミュニティとか自治区などはどうでしょうか。

後藤:自治区も手引きを出して、例えば文書による役員会、総会開催などで対応してますね。豊田はわくわく事業など住民活動は盛んですけど、その辺りはほぼ中断してしまっています。

石黒:これを機会にやめてしまえっていう事業が出てきていると思いますね。いいきっかけになっているものもあるとは思いますが、本来は必要な事業もなくなるきっかけになってるとも思う。相当市民活動への影響は大きいと思います。1回やめたものを再開させるってかなり大きなエネルギーが要りますしね。

清水:地域の交流が減ることが、じわじわと5年10年後に効いてくるというか。

石黒:少子高齢化もあって、地域コミュニティが大事になるのは間違いなくて、そのために色々進んでいたものが、コロナで一気に沈んで、やっぱり必要だとなった時に、下がったところからまた上げていくのは大変だろうなぁって思います。コロナによる倒産ってありますか?

後藤:今のところは聞かないですね、飲食店も含めて。大手が閉めたままというのはありますが、倒産はまだないと思います。

和久田:でもファンの人で失業したって人はいました。

清水:アルバイトやパートの人などの雇止めなどはあるでしょうね。

後藤:豊田でいうと中京大生は全国から来てて、アルバイトしないと厳しいけど、なかなかない状況はあると思います。

清水:豊田全体で見ると、サービス業よりも製造業が中心な街なので、飲食店やホテルなどは厳しいでしょうけど、全体的に沈んできているということではないと。

石黒:そういう意味でいうと、リーマンショックの時の方が豊田では影響が大きかったかもしれませんね。

後藤:それはそうですね。あと東日本大震災で電力不足があったりの頃の方も、影響は大きかったかもしれません。

石黒:なので、企業活動はまだ影響は少ないけれど、市民活動への影響が大きいと言えますね。

後藤:そうですね。

清水:身近でいうと、笑劇派さんが団員半分くらい退団になってしまって、そうか、、、って思ったんですが。

和久田:ちょうどコンビニで南平さんにばったり会ったんですよ、もう雇えないっておっしゃってました。

石黒:あと豊田おいでんまつりの中止がこの前発表されましたね。マイタウンおいでんなど関連事業も多くて、特にイベント業者や音響、照明等の業者さんは厳しいだろうと。

清水:Star☆Tもマイタウンおいでんのオファーもらってたんですが、開催日が近かった1ヶ所はキャンセル料いただきました。市の補助金も今回はキャンセル料が認められているようです。

石黒:そうですか。演劇に関していうと、去年の状況で公演を打ったのは、音響や照明などのスタッフさんの救済の意味もあったんですが、今年の方が厳しそうでね。本当は今年やらなくちゃいけないくらいだけど、もう自分の方も財政的に厳しい状況で。

清水:これは交流館で収録してますけど、今20時までなので1時間分安くなってます。

石黒:そういえば、文化施設も会場使用料半額になりました。50%以下収容なので。文化芸術活動者応援キャンペーンということで、みなさんもぜひご利用ください。

清水:コロナに関して話してきましたが、後藤さん、総括何かありますか?

後藤:やっぱりワクチンに期待するしかないですかね。

石黒:変異株が入ってきたりして、先が見えそうでまだ見えない状況ですが、今のこの流れを一旦でも止めることができるのはワクチンということになるんでしょうね。

略 ワクチン等について雑談してます

豊田での情報発信のあり方 先月の続き SNSについて
清水:今回、本当は、コロナの話は半分くらいで、新聞記者の後藤さんがゲストなので、地域での情報発信のあり方について話をしたかったんですが、もう時間がなくなってしまいました、、、。なので、また近いうちにゲストにお越しいただいてと思います。
 それで、1つだけしたい話があって、先月石黒さんと話した中で、これまではいかにして豊田の文化芸術情報を集約して発信するプラットフォームを作るかを考えてきたんだけど、SNSではみんなが興味のありそうな情報ならそれなりに届くので、プラットフォームの問題ではなくて、情報の内容の問題なのではないか。でもそうすると、わかりやすくて見やすくて、みんなが飛びつきそうなもの以外、例えばこの<TAG>のような長くて、一緒に考えなければいけないようなものは、いくら発信しても拡がらないのではないか、、、と暗澹たる気持ちになったんです。
 でも、その後、ネットとかSNSについてちょっと勉強して、某社会学の本を読んでいたら、腑に落ちることが書いてあった。インターネットは開かれたメディアで、世界を変えたことは間違いないと。でもSNSは、開かれているようで閉じられたメディアであり、その違いは意識しなければならないっていう内容があって、はっとしたんです。
 先月石黒さんと話す中で1つ大きな前提が抜けていて、私たちのSNSの目的って宣伝・告知なんですよ、でも、SNSを使う多くの人達の目的って宣伝じゃなくて友達を作ることなんですね。でも、たぶん石黒さんも同じだと思いますが、私もSNSで友達作ろうなんて思ってない。その前提が抜けていた。
 私が映画を作って上映会、映画祭をしようとした時から、いかにして友達や知り合いじゃない人に観に来てもらうかをずっと考えてきたんです。アイドルに関しても同じで、もはや20年そのことだけを考えてきたと言ってもいい。そこから考えると、SNSってやっぱり友達に来てもらえばいいってメディアだと思うんです、もちろん情報が届く数は全然多いですけど。でもやっぱり友達の友達はどこまで言っても内輪であって、思いもよらない出会いとか、聴いたことがなかった音楽聞いて雷に打たれるとか、行くつもりのなかった演劇公演を観てやりたくなっちゃうとか、そういう電気が走るような出会いって、実はSNSじゃあ経験できない。広告が好みを予想して勧めてくるのと同じで、自分に似たような世界が広がるだけで。
 だからと言ってSNSは一切使わないってことは、ありえないんですが、それに全乗っかりはしない、開かれた出会いができる状況は作っておかなくてはいけないと思う。それがチラシなのか、街中でストリートで何かやるのか、こちらもいろんなところに出かけていくのか、いろいろあると思いますけど、SNSは開かれているようで閉じられたメディアだということは押さえておかなければならないって思うんです。

石黒:演劇はパイが小さいので、まずは友達に観にきてもらって、その友達に来てもらってということが最初なので、SNSによる情報拡散も効果はあると思うんですが、その先を考えると確かにそう思います。
 ただ、最近思っているのは、今日は朱里ちゃんも来てるんで聞きたいんだけど、若い層はフェイスブックってちょっと、、、おじさんたちのものって思ってるって聞くけど、実際どうなの?

和久田:私もアカウントは持ってますが、上の世代の人達のもの、、、というイメージです。

石黒:やっぱりそうなんだ。じゃあ今は何なの?

和久田:今は、インスタグラムじゃないですか。

後藤:でも、ツイッターはインスタグラムより昔からありますが、まだまだ利用者は多いですね。

和久田:私たちも、情報発信のメインはツイッターです。

清水:フェイスブックとツイッターやインスタの違いって、匿名性ですかね、フェイスブックは一応記名制ですからね。あるいはフェイスブックはビジネス臭がするのか、、、。

後藤:フェイスブックを使っている年代が上の層って、文章が長いんですよね。ツイッターって文字数が限られるし、インスタは画像が中心だし。

石黒:ラインでも、若い人たちは文章が短い、おじさんおばさんは文章が長いって。テレビでやってました。「はい、今日帰ります」でも、若い人は、「はい」で送って「今日」で送って「帰ります」で送るって。私たちは「はい、今日帰ります」って文章で送るでしょ、もう感覚が違うというか。

後藤:「はい」だけで送ったら、あ、間違えたって思っちゃいますよね(笑)

清水:ラインも、我々にとっては連絡ツールですけど、若い人にとっては連絡ツールじゃなくて会話ツールなんでしょうね。でも、やっぱり会って話した方がいいし、ちゃんと伝えるには長い文章も必要だし、演劇でも映画でも音楽でもわかりにくい複雑さの中にこそ深みがあるし、思いもよらない時にこそ人生を変える出会いがあるかもしれないってことを、おじさんと言われても言い続けなければと思います。

略 雑談してます

豊田での情報発信のあり方 新聞の未来
石黒:最後にもう1つだけ後藤さんに、新聞に未来はあるかどうか聞きたいんです。

清水:新三河タイムスの発行部数は増えてる?減ってる?

後藤:ずっと変わらないですね。うちは企業とか個人事業主、団体等が主な購読層で、固定層の増減はそれほどない。でも一般紙は影響が大きいと思います、昔なら結婚して家建てたら必ず新聞も取りましたけど、今学校で古新聞持ってきてって言うと、家に新聞ないからわざわざ買いに行くっていうくらいで。

石黒:それすごく感じてて、もう一般紙は取る必要がなくなってる。取ってても読むのは三河版とか県内版で、それなら地方紙、新三河タイムスとか矢作新報とかでいい、そっちにお金を出したい、全国ニュースはネットみればいいって思っちゃう。だから地方紙にとってはチャンスというか、地方紙の時代が来てるんじゃないかと思います。

後藤:急激に増えることはないと思いますが、維持でしばらくはいくんじゃないかと。

清水:市域範囲ぐらいの情報が実はあまりないってのは、ここでもよく出る話ですけど、みんながもっとそのことに気づき始めると、もっともっと重要になってくると思います。

後藤:全国紙やブロック紙の経営状況が悪くなっていくと、支局がどんどん統廃合されて、記者も減っていってとなりますね。

石黒:それこそ逆効果ですよね、読者は地域の情報を求めてるのに、そこが縮小されていってしまうのは。

後藤:あと、全国紙はいかに紙からネットで収益を得る、課金とかそういうシステムを作れるかでしょうね、今無料で情報出してますけど。日経などは上手くいっているようですが。

清水:新聞売れなくなったらなくなればいいじゃんって思う人もいるかもしれませんが、統治機構のチェック機関としての報道機関がなくなっちゃうのは民主国家としてまずいですからね。ヤフーニュースもラインニュースも、元のニュースソースは新聞の記者が書いているものが多いので。

後藤:そういう記者がネットニュースに移動してく時代になるんでしょうね。もう、広告収入もネットがテレビを抜いてますから。

清水:私も新三河タイムス定期購読しようと思ってます。週刊で月1,300円ですね、あと各号はネットでも購読できますので、みなさんもぜひ。
 後藤さんと話したいこと半分くらいしかできなかったんですが、また近いうちにゲストお呼びします。和久田さんも最後に一言。

和久田:次回はもっと話せるようにしておきます。

一同:ありがとうございました。

出演者プロフィール
後藤真一(ごとうしんいち)
 新聞記者、新三河タイムス編集長。豊田市出身、在住。高校卒業後東京の大学に進学、卒業後帰郷し、新三河タイムスに入社。
 以後、豊田市を中心に取材活動や様々なイベント・催し、会議等に参加、Facebook等でも紹介し、ふっとワークの軽さと顔の広さには定評がある。
新三河タイムスサイト http://www.shinmikawa.co.jp/                       

石黒秀和(いしぐろひでかず)
 1989年に倉本聰氏の私塾・富良野塾にシナリオライター志望として入塾。卒塾後、カナダアルバータ州バンフに滞在し、帰国後、富良野塾の舞台スタッフやフリーのシナリオライターとして活動。1993年より9年間、豊田市民創作劇場の作・演出を担当する。
 2003年、2006年には国内最大級の野外劇「とよた市民野外劇」の作・演出を担当。その後、人材育成の必要性を実感し、舞台芸術人材育成事業「とよた演劇アカデミー」(現在はとよた演劇ファクトリー)を発案、実行委員として運営に携わり、2011年から2015年まで短編演劇バトルT-1を主催する。
 2012年からはTOCを主宰して市民公募のキャストによる群読劇を豊田市美術館などで上演。2017年からは、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長として様々なアートプログラムの企画・運営に従事し、同年、とよた演劇協会を設立。会長に就任し、2020年、とよた劇場元気プロジェクトを実施する。
 その他、演劇ワークショップの講師や人形劇団への脚本提供・演出、ラジオドラマ、自主短編映画製作など活動の幅は多様。これまでの作・演出作品は70本以上。1997年からは公益財団法人あすてのスタッフとして社会貢献事業の推進にも従事。豊田市文化芸術振興委員ほか就任中。平成8年度豊田文化奨励賞受賞。平成12年とよしん育英財団助成。平成27年愛銀文化助成。日本劇作家協会会員。

清水雅人(しみずまさと)
 2000年頃より自主映画製作を始め、周辺の映画製作団体を統合してM.I.F(ミフ Mikawa Independet Movie Factory)を設立(2016年解散)。監督作「公務員探偵ホーリー2」「箱」などで国内の映画賞を多数受賞。また、全国の自主制作映画を上映する小坂本町一丁目映画祭を開催(2002~2015年に13回)。コミュニティFMにてラジオ番組パーソナリティ、CATVにて番組制作なども行う。
 2012年、サラリーマンを退職/独立し豊田星プロを起業。豊田ご当地アイドルStar☆T(すたーと)プロデユースをはじめ、映像制作、イベント企画などを行う。地元の音楽アーティストとの連携を深め、2017年より豊田市駅前GAZAビル南広場にて豊田市民音楽祭との共催による定期ライブToyota Citizen Music Park~豊田市民音楽広場~を開催。2018年2019年には夏フェス版として☆フェスを同会場にて開催、2,000人を動員。
 2016年、豊田では初の市内全域を舞台にした劇場公開作「星めぐりの町」(監督/黒土三男 主演/小林稔侍 2017年全国公開)を支援する団体 映画「星めぐりの町」を実現する会を設立し、制作、フィルムコミッションをサポート。2020年、団体名を「映画街人とよた」に改称し、2021年全国公開映画「僕と彼女とラリーと」支援ほか、豊田市における継続的な映画映像文化振興事業を行う。
 2017年より、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員就任し(2020年度終了)、あいちトリエンナーレ関連事業の支援やとよたアートプログラム支援を行う。

和久田朱里(わくだあかり)
 豊田ご当地アイドルStar☆Tリーダー、役者、ラジオパーソナリティ。豊田市出身、在住。
 2012年18歳の時にStar☆T2期生オーディションに合格し、Star☆Tの入団。2014年よりStar☆Tリーダー就任、現職。2016年からはStar☆Tの運営スタッフも兼務する。
 Star☆Tの活動以外にも、演劇舞台出演、ラジオパーソナリティ、テレビ番組でのレポーター等も行う。