2021年5月6日木曜日

【ダイアローグ】豊田市美術館リニューアルに際して~美術館の在り方とは?~/ゲスト村田眞宏氏(豊田市美術館館長)文字起こし(2019.6掲載)

豊田市美術館 リニューアル記念 特別インタビュー
豊田市美術館館長 村田眞宏氏〈聴き手:とよた演劇協会 会長 石黒秀和 ・映画監督/プロデューサー 清水雅人〉

美術が大きく変わった
-村田 私が40年近く前から学芸員の仕事をしてきて、その中で美術館を取り巻く環境が変わってきたと思います。1980年代に各地で美術館ができた時、作品を収集、保存、展示し、教育普及活動を行う、さらにそれらを支えるために必要な調査研究を行うというこの5つの仕事が基本で、それを生真面目にやっていた。今もそこの部分は変わらないし、蔑ろにするというわけではないんですが、ただ美術館がそうやって活動を始めてからずいぶん状況が変わっていったところがある。
 一つは特に現代美術ですが、美術館で収集する事がそう簡単にはできないような作品がどんどん増えていきました。つまり僕が学芸員になったような頃には、展覧会とか作家活動、創作活動の中に今でいうインスタレーション作品というのはほとんどなかった。 もちろんそれ以前に1950年代くらいから収蔵できないような「ハプニング」とかいろんな活動はあったけど、ほぼ作家たちが創作するものと美術館の活動とのあいだには乖離がなかった。ところがその後、気が付いたらどんどんインスタレーションとかパフォーマンスとかが広がってきて、むしろそういうものに現代美術の非常に重要な動向というものも出てくるようになった。
-清水 まさに時代ですね。
-村田 そうですね。特に2000年代になると、国際美術展として横浜トリエンナーレとか、新潟の妻有で大地の芸術祭が行われ出す。特に大地の芸術祭だと、そもそも作品が展示される場は美術館から出てしまった。それも恒久的に設置されている作品もあるけども、相当部分がその場で設置されても、1ヶ月とか2ヶ月とかで終了したら片付けられる。そうすると美術館の基本である収集というのがほとんど成立しない(笑) 2回目のあいちトリエンナーレの時にちょうど私は愛知県美術館の館長だったんですが、美術館に展示されているトリエンナーレの作品を全部見て回って、ほとんど収蔵できるものがなかった(笑) 。代表的な作家が海外も含め参加して、現代美術の先端的ですごくクオリティが高いけども、これはとっても印象的だったですね。ショッキングというか。それくらい美術というのは大きく変わったんですね。

美術館の役割
-村田 それともう一つは美術館に対して社会が求めるものが変わった。今までは美術ファンの人、美術に関心のある人にフィットした美術展を開催して見せていて、美術館と社会との関係が限られた範囲の中であったんだと思うんだけども、ちょうど私が学芸員になった頃から変わってきた。つまり美術館のお客さんが狭い意味での美術ファンだけでは無く、小学校の子どもたちや先生、また様々な今まで美術にそれほど関わってこなかったような方々も美術館に関心を持つようになったし、美術館の方にいろんな配慮や要求とかを求めてこられるようになった。来館者がすごく広がるとともに美術館の社会における役割というものもどんどん変わってきたと思います。
 特にこのところの政府の政策が文化財や美術館・博物館の活用にかなり明確な方向性を出してきている。一番の根本は日本の今の政策が観光を重要な経済活動の一つとしていて、観光振興しようということなんですね。それは文化財や博物館運営もそうで、文化財を地域観光の目的で発信しよう、地方を創生しようと考えられている。国際芸術祭も一番大事なのは新しい現代美術の作品を見ることなんだけれど、そうじゃなくて芸術祭をやろうという話が出てくる時に何よりも目標が地域振興になる…一握りかもしれないけれど。
-清水  目標としてね。
-石黒 結局ここに世界中から観光客が来たっていうその姿を見せる。
-村田 美術館も近年は特にそういうことに取り組まなきゃならないような状況というのが出てきている。

美術館って誰のものかって言ったら
-村田 美術館は誰のものかといったら、広い意味での市民のものなんです。今を生きる日本の人たち、あるいは海外の人たちを含めた「市民」の人たちのもの、もう一つは「豊田市民」のものでもあるわけです。この美術館はすごいコレクションもあるし活動も評価されているし、それから、谷口吉生さんの設計のとっても美しい建物で、庭園もピーター・ウォーカー(アメリカのランドスケープデザイナー)にデザインをしてもらっている。だけどそのことをもっともっとアピールしてそしてその魅力に触れてもらいたい。これまでも努力はして来てるけどまだまだ工夫の余地がある。市民の人たちが「ちょっと敷居が高いな、そんなしょっちゅう行く所じゃないよね」と思われているような。やっぱり特に、豊田市の美術館ですから重要なステークホルダー、つまり利害関係者は豊田市民なわけです。だったらやっぱり豊田市民の人に来て欲しいし、愛して欲しいし、楽しんでいただけないと困る。ここに展覧会を見ることを目的で来てくださったとしても、庭園を歩いたり茶室でお茶を飲んだり、春の新緑や秋の紅葉、特に茶室周りなんか楓がたくさんあり紅葉が綺麗だし、漆芸術の高橋節朗館があったりとか、とにかくいろいろ見てもらう。「あ、いいとこじゃん!豊田市美術館って」と思ってもらえる、その部分が大事なことだと思うし、一生懸命やらなきゃならないと思います。 

数が目標ではないけれど
-村田 美術館は「数が目標ではない」とよく言われる。確かにそれだけではないけれど少し違った言い方をすると、展覧会というのはお客さんがいなきゃ成立しない。演劇もたぶん同じだと思うけど、一人もお客さんがいないところでの公演は成立しないわけで…練習になっちゃう(笑)
-石黒 ええ、なんのためにやるんだというと、やっぱり観てもらうために行う。
-村田 それもできるだけ幅広く、多くの方に見てもらう、つまり数で評価したりするだけだとそれはちょっと偏った意見だと思うけど、やはり美術館の目標というのは様々なものをどうやってバランス良くやっていくかっていうことで、その中には評価されていない作品、知られていない美術動向などに日を当てた重要な紹介も大切だが、それは必ずしも数には結びつかない。しかし一方で見てもらってナンボの仕事でもある。「あ、こういう作家がいたのか」とか、「こんな面白い美術の動きがあるんだ」とか、あるいは逆に見てもらって「こんなのは自分は好きじゃない」という体験をしてもらうのを含めて見てもらうことは大事なことだと思う。ずいぶん豊田市美術館に来てくださるお客さんも増え一定の成果はあるのかな、と思います。

美術館で一番大事な体験
-村田 やっぱり美術館では、作品の前に立って自分の目で見るという鑑賞体験が一番大事で、「楽しむ」っていうのは「分からなかった」とか「前よりはちょっとおもしろいと思った」とかそういう様々な経験をしていただく場になっていければいい。前は別に何とも思わなかったが、「今回すごくよく見えた」とか、あるいは「なるほどそうだったのか!」と気付いたり、「感動した!」というのは、美術作品は物としては変わらないが、自分の方が変わっているということ。そういう体験をできるのはやはり美術館なのでそういう場として大いに使っていただくというか、そういう体験を一人でも多くしてもらえるとうれしいですね。
-石黒 そういった経験、機会をどれだけ子どもたちを中心に市民の方に提供していくかというところはまだまだ課題でもあると思います。
-村田 そうですね、だから豊田市美術館でもずっとガイドボランティアの方にも応援していただいてやってきています。誰もがすべての作品や作家を均等に楽しめるわけではないし、いつまでたっても好き嫌いもあるし、分る、分らないもあるけども、「分らない」ということも含めて作品の前で経験する、体験することは大事だし、そうやって繰り返していく中で、一人一人の方にとってそれは美術であっても音楽であっても演劇であっても良いんですが「かけがえのない」ものが持てるという、そこが一番大事なところじゃないかな。

多様性を認め合う
-石黒 芸術の面白みとは、おそらく「おもしろくないものも含めて全てを許容する」というところかなと思うんですが。
-村田 それとっても大事ですね。多様性を認め合うこと。例えば民族同士、国同士のストレスとか反発とか起きますよね。でも芸術活動は時代を超えて民族や国境を超えてお互いに多様性に触れてそれを認め合える可能性があるいうことだと思うんですよ。時代も言語の壁も、民族や国の壁も超えて共有できるもの、あるいはコミュニケーションできるもの、あるいは価値観を共有できるもの。 お互いに「分らない」というのは、自分たちが分らない部分をあの人たちは、あるいはその時代の人たちは持っていた、それは今自分たちには理解できないけれどもそういう価値観を持っている人たちがいるということが認められるわけです。一人ひとりの人間関係もそうだけども、お互いを認め合って尊重するということが、芸術体験ではすごく重要なことだと思います。

ゲストプロフィール:
村田眞宏(むらたまさひろ)
豊田市美術館館長。1954年三重県津市生まれ。1982年関西大学大学院文学研究科博士課程前期課程終了、同年福島県教育庁文化課文化施設整備室に学芸員(美術館開設準備)として入庁。以後、1984福島県立美術館学芸員、1989年愛知県総務部新文化会館建設事務局学芸員(美術館開設準備)、1992年愛知芸術文化センター愛知県美術館学芸員、2002年愛知芸術文化センター愛知県美術館美術課長、2007年愛知芸術文化センター愛知県美術館企画業務課長、2009年愛知芸術文化センター愛知県美術館副館長、 2011年愛知芸術文化センター愛知県美術館館長を歴任。2015年より現職。専門は日本近現代美術。

Toyota Municipal Museum of Art 豊田市美術館



ホストプロフィール:
石黒秀和(いしぐろひでかず)
脚本家・演出家。豊田市出身。高校卒業後、富良野塾にて倉本聰氏に師事。豊田に帰郷後、豊田市民創作劇場、豊田市民野外劇等の作・演出、とよた演劇アカデミー発起人(現アドバイザー)ほか、多数の事業・演劇作演出を手掛ける。TOCToyota Original Company)代表、とよた演劇協会会長、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長。                          
清水雅人(しみずまさと)
映像作家・プロデュ―サ―。豊田市出身・在住。豊田市役所職員時代に市役所内に映画クラブを結成し、30歳の頃より映画製作を開始。映画製作団体M.I.F.設立、小坂本町一丁目映画祭主宰。2013年市役所を退職、独立し、映像制作、イベント企画、豊田ご当地アイドルStar☆T(スタート)プロデュースなどを手掛ける。豊田星プロ代表。映画「星めぐりの町」を実現する会会長、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員。

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