2021年6月17日木曜日

【コラム】「部屋に籠る妻」石黒秀和(2021.6)

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 妻が韓流ドラマにはまっている。昨年の6月頃からだからかれこれ1年余りになる。きっかけは、僕が芝居の台本を書くのに、登場人物の一人が韓流ドラマにはまっているという設定だったのでリサーチのためにNetflixに契約し「愛の不時着」を観ていたことにある。噂通り確かに面白いドラマではあったが、全16話22時間あまりに及ぶその長さに正直僕は途中で飽きてしまい、まぁ、大体分かったとNetflixの契約を切ろうとしたところ、脇で一緒に観ていた妻がいつの間にかすっかり洗脳されていた。「私の唯一の楽しみを奪わないで!」。コロナ禍でどこにも行けずストレスをためていた彼女は、しかし以来、笑顔で暇さえあれば一人部屋に籠っている。

 そんな妻に、先日、韓流ドラマのどこが面白いのかと聞いてみたところ、嬉々として幾つか理由を挙げられた。曰く「男の人がよく泣く」「イケメンが多い」「お金持ちと貧乏人だったり、王妃と家臣だったり、身分を超えた恋がいい」「遠くからじっと見守る主人公のその眼差しがいい」などなど。とにもかくにも、韓流ドラマは女性ホルモンの分泌に多大な効果があるらしいのだ。妻などはもう日本のドラマはつまらなくて観る気がしないという。日本のテレビドラマに感動してシナリオライターを目指し、富良野塾の先輩後輩が書いたドラマも放映されている身としては、そんなことないんじゃないの? と反論もしたいところなのだが、確かに僕自身、いまやテレビドラマはほとんど観ず、好きな番組はドキュメント系のものばかり。悔しくも納得せざるを得ない現状なのである。

 ただ、韓流ドラマやK-POPと呼ばれる音楽コンテンツが、いまや日本だけでなくアジア、さらに世界中で人気を博している背景には、韓国の国を挙げての人材育成や戦略があると聞く。そこには文化芸術に国が関与することに対する少なからぬ議論の余地もあるのだろうが、結果と効果は明白である。日本もあわててクールジャパンなどと言ってアニメなどのコンテンツを守り育てようとしているが、なんだかそこにはあまり本気を感じないのは僕だけだろうか。と言うか、日本の社会には文化芸術はあくまで個人の趣味であり、好きな人たちが好きにやっていること、という本音がその根底にはある気がするのだ。もちろんそのことを否定する気もないのだが、だから不要不急だと疑問なく言われてしまうとやっぱりなんだかひっかかるものがある。

 コロナ禍、長引く自粛生活で中高年の特に女性を中心に鬱や更年期障害の悪化が見られるという。しかしおかげさまで我が家では、韓流ドラマのおかげでその危機を乗り越えようとしている。テレビドラマで感動し、また感動している人を見て、観る側から創る側に行きたいと思った十代のあの頃。五十代になって、なんとかその末端には立っている気がするのだが、では、果たして誰かの心を動かす感動を生み出すことはできているのか? 一人部屋に籠り、「サランヘヨ」と涙を流している妻を見て、せめて彼女の女性ホルモンくらい、自分の作品で増やしてあげねば・・・そう思ってはいるのだが・・・。


石黒秀和(いしぐろひでかず)プロフィール
1989年に倉本聰氏の私塾・富良野塾にシナリオライター志望として入塾。卒塾後、カナダアルバータ州バンフに滞在し、帰国後、富良野塾の舞台スタッフやフリーのシナリオライターとして活動。1993年より9年間、豊田市民創作劇場の作・演出を担当する。
2003年、2006年には国内最大級の野外劇「とよた市民野外劇」の作・演出を担当。その後、人材育成の必要性を実感し、舞台芸術人材育成事業「とよた演劇アカデミー」(現在はとよた演劇ファクトリー)を発案、実行委員として運営に携わり、2011年から2015年まで短編演劇バトルT-1を主催する。
2012年からはTOCを主宰して市民公募のキャストによる群読劇を豊田市美術館などで上演。2017年からは、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長として様々なアートプログラムの企画・運営に従事し、同年、とよた演劇協会を設立。会長に就任し、2020年、とよた劇場元気プロジェクトを実施する。
その他、演劇ワークショップの講師や人形劇団への脚本提供・演出、ラジオドラマ、自主短編映画製作など活動の幅は多様。これまでの作・演出作品は70本以上。1997年からは公益財団法人あすてのスタッフとして社会貢献事業の推進にも従事。豊田市文化芸術振興委員ほか就任中。平成8年度豊田文化奨励賞受賞。平成12年とよしん育英財団助成。平成27年愛銀文化助成。日本劇作家協会会員。


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