2021年7月21日水曜日

【コラム】「まちづくりって全部地産地消だと思う」清水雅人(2021.7)

 <TAG>ダイアローグ2021年7月号では、大橋園芸の大橋鋭誌さんをお招きして、農業のお話を聞いた。
※<TAG>ダイアローグ2021年7月号動画&文字起こしはこちら→ https://toyotaartgene.blogspot.com/2021/07/tag-36-20217.html

 その中で“地産地消”という言葉が何回か出てくる。農業からみた豊田というテーマで話せば当然出てくるであろう言葉であり、ダイアローグの中でも言っているが、私も地元での映画作りを始めた当初、取材インタビューなどで“文化の地産地消”というフレーズをよく使っていたこともある。
 これまでも、ダイアローグ収録時も、この言葉を特に深く考えずに使っていたが、収録後大橋さんとの対話を振り返り、また動画の文字起こしをしていく中で、この“地産地消”という言葉が自分の中で少しずつ大きくなっていることに気づいた。
 というわけで、ここでは“地産地消”という言葉を少し掘り下げたいと思う。

 「地産地消」をネット検索してみる。ウィキペディアでは以下のとおり。
地産地消(ちさんちしょう)とは、地域生産・地域消費(ちいきせいさん・ちいきしょうひ)の略語で、地域で生産された様々な生産物や資源(主に農産物や水産物)をその地域で消費することである。
地産地消という言葉は、農林水産省生活改善課(当時)が1981年(昭和56年)から4ヶ年計画で実施した「地域内食生活向上対策事業」から生じた。なお、篠原孝は「1987年に自分が造語した」と、新聞・雑誌等で主張している[1]。しかし、すでに1984年(昭和59年)に雑誌「食の科学」で秋田県職員が地産地消を使用している。またほぼ同時期の、当該事業と生活改善活動について紹介した農水省の公報誌にも地産地消の語句が掲載されている。これらの事実により、このころまでにはすでに、全国各地の農業関係者の間に広まっていた言葉であることが判明した。


 私が「地産地消」という言葉に初めて触れた記憶は定かではないが、多分、職場で保健福祉関連の情報かチラシで「食育」と「地産地消」がセットで載っていた。子どもへの食育の1つとして地元産の野菜を食べましょう/学校給食への利用等々の文脈だったと思う。1990年代中盤の頃だろうか。
 その頃より「地産地消」という言葉は頻繁に聞くようになり、また自分でも使うようになったが、その出自や定義をちゃんと調べたわけではなかった。
 今思えば、貿易の自由化等で外国産農産物等が安価に入ってくることへの危機感として、地場産業を守れ的なニュアンスや農協等を通じた流通から生産者と消費者を直接結ぶ的なニュアンスなど、産業/流通のキャッチフレーズ的なイメージを「地産地消」という言葉に感じていたと思うが、多くの人も同じだったのはないか。

 ちなみに「地産地消」の“地”は何を指していると思われますか?私は、なんとなく自治体くらいの範囲、広くて県内くらいをイメージするが、みなさんはどうだろう。確かに、外国産と国内産を対比するなら、国を“地”と捉えるのも間違いではないが、やはり、地域/地元というと市町村~都道府県くらいをイメージする人が多いのではと思う。

 一方、同じ頃か少し後に“スローライフ”とか“スローフード”という言葉もよく聞くようになった。
「スローライフ」を再びウィキペディアで見ると、
1986年、マクドナルドがイタリアに進出し、ローマのスペイン広場に1号店を開いたが、アメリカ資本のファストフード店に対する反発は大きく、この際に起こった反対運動が、伝統的な食文化を評価するスローフード運動に発展した。やがて食文化のみでなく、生活様式全般やまちづくりを見直す動きに広がった。
日本で「スローライフ」という言葉が使われるようになったのは2001年頃からである。川島正英(地域活性化研究所)や筑紫哲也(ジャーナリスト)らが「スローライフ」について模索していたところ、川島の話を聞いた掛川市の榛村純一市長が「スローライフシティー」を公約に掲げて再選を果たした(2001年)。2002年11月、掛川市で「スローライフ月間」が開かれ、12月のシンポジウム「スローライフのまち連合を結成しよう」には、掛川市、湖西市、岐阜市、多治見市(岐阜)、安塚町(新潟)、立川町(山形)、柳井市(山口)が参加した。 その後、「スローライフ月間」は各地で開催されるようになり、「ゆっくり、ゆったり、心ゆたかに」を掲げるスローライフ・ジャパン(川島正英理事長)が設立された。

とある。
 マクドナルドがスペイン広場にできた時の騒動はかすかに憶えているが、スローライフ運動の発祥ほとんど知らなかったと白状するしかない。私は、なんとなく健康志向の中から出てきた、ちょっとおしゃれな雑誌などで扱われるスローガン的な言葉だと思っていた。オーガニックとかと同じ感覚で。それがごく狭い一面しか見ていないことを知ったのはつい最近のことである。

 もちろん「地産地消」にも「スローライフ/スローフード」にも様々な観点がある。産業、流通、食の安全、健康、生活、思想、、、などなど。どの観点が正しくて、どの観点が間違っているということはない。なぜなら「地産地消」も「スローライフ/スローフード」も生活全般に関わることであり、ほんの100年前までは、それが当たり前の生活そのものだったからだ。
 地元で作られた野菜が地元の八百屋で売られて地元の人が買う/あるいは人口の多くは農民で自分で米や野菜を作って食べていた。この辺りで言えば、川魚を食べることはあっても海の魚介類を食べることは稀だった、何か特別な日に食べる刺身や寿司はごちそうだった。

 昔に還れ!とノスタルジックに言っているわけではない。グローバリズムの推進によって貧しい国々が豊かになっていくことを止めてはいけないし、かつてのように先進国が恩恵を独占することは改善されなくてはならない。地球全体で平和や環境を考えていかなくてはいけない。
 ただ「地産地消」や「スローライフ/スローフード」を雑誌の見出しのように感じてしまうのは、そのような生活が少し前までは当たり前だったということを覆い隠しているからだと思う。
 全国のもの、全世界のものが安価に買うことができる、どこで作られたものか、誰が作ったものかがわからなくても(どんなに過酷な状況で作られたものか知らなくても)、安く買うことができる、それが普通だと思っているからだ。
 牛丼が300円そこそこで食べられるのってちょっとおかしくないか?とは思わず、当たり前だと思っているからだ。

 まずは自明と思っていることを疑い、転換させること。<TAG>ではそのことを繰り返し言ってきた。自らに課すことも含めて。
 そのような意味で、“地産地消”とは、まちづくりそのものだと思う。まちづくりとは生活そのものであり、当たり前と思ってしまっている様々なことを一旦疑い、普段の生活の範囲である“自分のまち”を基盤に考え直すことだと思う。

 大橋さんとの対話の中で「まちづくりって全部地産地消だと思う」と話したが、あまり深く考えないでの発言だったが、今思えば重要な話だったと思っている。
 されに言えば、様々な、当たり前と思い込んでいることを一旦疑い、転換させることは、文化芸術が担っている役割の一つだ、と言うと気負い過ぎだろうか。
 文化芸術の表現には、そのような価値転換をさせる力がある(なければいけない)。Star☆Tの楽曲にだってそんな思いを込めているつもりだ。
 そしてこの<TAG>もみなさんの価値転換を誘発させるメディアにしたいと思っている。

過去のコラムはこちら → http://toyotaartgene.com/column.html

清水雅人(しみずまさと)プロフィール
2000年頃より自主映画製作を始め、周辺の映画製作団体を統合してM.I.F(ミフ Mikawa Independet Movie Factory)を設立(2016年解散)。監督作「公務員探偵ホーリー2」「箱」などで国内の映画賞を多数受賞。また、全国の自主制作映画を上映する小坂本町一丁目映画祭を開催(2002~2015年に13回)。コミュニティFMにてラジオ番組パーソナリティ、CATVにて番組制作なども行う。
2012年、サラリーマンを退職/独立し豊田星プロを起業。豊田ご当地アイドルStar☆T(すたーと)プロデユースをはじめ、映像制作、イベント企画などを行う。地元の音楽アーティストとの連携を深め、2017年より豊田市駅前GAZAビル南広場にて豊田市民音楽祭との共催による定期ライブを開催。2018年2019年には夏フェス版として☆フェスを同会場にて開催、2,000人を動員。
2016年、豊田では初の市内全域を舞台にした劇場公開作「星めぐりの町」(監督/黒土三男 主演/小林稔侍 2017年全国公開)を支援する団体 映画「星めぐりの町」を実現する会を設立し、制作、フィルムコミッションをサポート。2020年、団体名を「映画街人とよた」に改称し、2021年全国公開映画「僕と彼女とラリーと」支援ほか、豊田市における継続的な映画映像文化振興事業を行う。
2017年より、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員就任し(2020年度終了)、あいちトリエンナーレ関連事業の支援やとよたアートプログラム支援を行う。


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