2021年8月26日木曜日

【コラム】「つないだ手 つなげない手」石黒秀和(2021.8)

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一年が経ってしまった。

 昨年、コロナ禍に、様々な思いにかられ実施した「とよた劇場元気プロジェクト」。その第一弾として8月に上演したのが2人の役者による母娘2人の観客のための朗読劇「two you」だった。ソーシャルディスタンスが求められる中、どうせ観客が入れられないならばといわば逆転の発想で企画した舞台だった。

 内容は、第三弾で12月に本公演として上演を予定していた演目「ワタシたちの物語」のいわばスピンオフのような作品で、その年に相次いで失った親しい人々への思いを形にしたものだった。特に4月に80歳で亡くなった父親への思いが、そこには強く込められた。

 父親は、70歳半ばでレビー小体病を患い、最期は施設で息を引き取った。熱が下がらず、食べ物をまったく受けつけなくなり、いよいよ危ないとなった最後の一週間ほど、施設の計らいで1日1回30分ほどの面会が許された。すでにほとんど意識のない父の、その手を僕はずっと握っていた。まだ温もりのあるその手を。僕を育ててくれたその手を。間もなく握れなくなるその手を。

 「two you」は今年の8月に再演するつもりでいた。きっとその頃は、コロナも収束しているから、今回はつなげなかった「手」の演出を、少し変えてみよう、一年前、そんな風に思っていた。しかし・・・。

 ここに昨年8月の公演を取材してくださったTAPmagazine編集部の安井友美さんの記事を再掲させていただきます。早く、その手がつなげる日が来ることを願って。

小さな小さな朗読劇「two you-母と娘の物語」観劇レポート:安井友美
 2020年8月30日(日)、豊田市竹生町にあるコミュニティーレンタルスペースkabo.にて、朗読劇『two you』が上演されました。

 この公演は、演劇の新しい上演形式を探るプロジェクト「とよた劇場元気プロジェクト」の一環として実施されました。とよた劇場元気プロジェクトとは、密閉空間で不特定多数が集まる劇場はウイルス感染が懸念される場所であるため、演者や観客が安心して参加できる演劇を検証するために立ち上げられたプロジェクトです。できなくなったことばかりを嘆くのではなく、「今しかできないこと」が生まれる好機ととらた、新しい発想での挑戦です。今回の演目を作・演出するのは、とよた演劇協会の会長・石黒秀和氏。石黒氏は「家族だから感染拡大のリスクが少なくなるということも出発点の一つ」と考え、一公演の観客を母と娘という関係の「二人だけ」に限定しました。

 娘が産まれたその瞬間から老いた母が娘のことを認識できなくなってしまうまでの年月を、節目節目の母娘の会話を紡いで構成されている30分の朗読劇。会場にステージはなく、母役、娘役の二人の役者の前に十分な距離を空けて観客の母と娘が互い違いに座り、同じ目線の高さで役者が観客に語りかけるように上演されました。印象的に描かれていたのは、娘が見ていた「母の手」です。産まれた瞬間に出会った母の手、工場で働き油まみれになった母の手。物語の終盤、娘は自分のことを認識できなくなってしまった母の手に触れ、「ありがとう」と言います。他者に触れるということを気軽に行えなくなった今、触れることの尊さを感じました。

 この娘の人生の中では、誰も経験しないような特別なハプニングやドラマティックなことが起こりません。その代わり、誰の人生でも起こりうるような喜びや悲しみ、苦悩がありました。それゆえに、「私の人生でありながら、あなたの人生でもある」と投げかけられているようでした。母娘の互いを想い合う心情に共感したのか、観客の母娘はそれぞれ目に涙を浮かべ、お互いの顔を見ながら照れくさそうに笑い合っていました。

 家族との時間が増えるなか、母と娘という最小の関係性をあらためて見つめ直すことができる、濃密な時間でした。
 TAPmagazine( https://tap-magazine.com )

過去のコラムはこちら → http://toyotaartgene.com/column.html

石黒秀和(いしぐろひでかず)プロフィール
1989年に倉本聰氏の私塾・富良野塾にシナリオライター志望として入塾。卒塾後、カナダアルバータ州バンフに滞在し、帰国後、富良野塾の舞台スタッフやフリーのシナリオライターとして活動。1993年より9年間、豊田市民創作劇場の作・演出を担当する。
2003年、2006年には国内最大級の野外劇「とよた市民野外劇」の作・演出を担当。その後、人材育成の必要性を実感し、舞台芸術人材育成事業「とよた演劇アカデミー」(現在はとよた演劇ファクトリー)を発案、実行委員として運営に携わり、2011年から2015年まで短編演劇バトルT-1を主催する。
2012年からはTOCを主宰して市民公募のキャストによる群読劇を豊田市美術館などで上演。2017年からは、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長として様々なアートプログラムの企画・運営に従事し、同年、とよた演劇協会を設立。会長に就任し、2020年、とよた劇場元気プロジェクトを実施する。
その他、演劇ワークショップの講師や人形劇団への脚本提供・演出、ラジオドラマ、自主短編映画製作など活動の幅は多様。これまでの作・演出作品は70本以上。1997年からは公益財団法人あすてのスタッフとして社会貢献事業の推進にも従事。豊田市文化芸術振興委員ほか就任中。平成8年度豊田文化奨励賞受賞。平成12年とよしん育英財団助成。平成27年愛銀文化助成。日本劇作家協会会員。






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