2021年5月11日火曜日

【コラム】「人生の極意」石黒秀和(2021.5)

豊田とその周辺地域の、演劇・映像・音楽・アートに関する情報と人材のネットワーク<TAG>Toyota Art Geneサイト → http://toyotaartgene.com/

 昨年秋、突然左目に飛蚊症が現れた。病院に行くと加齢による硝子体剥離で、癒着した部分が網膜をひっぱっており、まれに網膜剥離に移行することがあるので定期的に検査していきましょうということになった。飛蚊症は治ることはなく、慣れるしかないようで、僕の人生から雲ひとつない真っ青な空、というものは消えてしまった。

 飛蚊症から約2週間後、今度はある朝起きたら世界が縦に回っていた。過去にもめまいは経験していたのだが、回転性のめまいは初めてで、なにより胃液すら出なくなるようなひどい嘔吐にたまらず近所の耳鼻科に駆け込み、波のように襲い来る吐き気に必死に耐えつつ幾つかの検査を終えると、医師は「まぁ、大丈夫でしょう。めまいはね、最終的には慣れるしかないから」みたいなことを言われあっさり帰されてしまった。家に帰って調べると、良性発作性頭位めまい症というよくあるめまい症だったようで、対処は、結局はやはり慣れるしかないようで・・・でも、果たしてこんなの慣れるのか? 当然慣れるわけはなく、今も毎朝、再びの発作に見舞われるのではないかとビクビクしながら目を覚ましている。

 新型コロナウィルスは、変異株の出現で新たなフェーズに入った模様。今までの三密対策では不充分という情報もある中、しかし全てを怖がり引きこもっていては、心身ともに疲弊するのは間違いないだろう。となると、対処は・・・やはり慣れ? あるいは慣れとは、過剰な不安から心身を守るための人類の知恵なのかもしれない。

 もちろん慣れてもらっちゃ困ることも世の中たくさんあるわけですが、でも、慣れるな、慣れるなと煽る世の中もやっぱりちょっとおかしいような気がする。空は多少余計なものが見えてもやはり空。めまいは、そもそも地球はいつも回ってる。コロナは、みんなで乗り越えましょう。

 適度に慣れつつ、しかし決して油断はしない。50歳を過ぎ、分かり始めた、人生の極意。


石黒秀和(いしぐろひでかず)プロフィール
1989年に倉本聰氏の私塾・富良野塾にシナリオライター志望として入塾。卒塾後、カナダアルバータ州バンフに滞在し、帰国後、富良野塾の舞台スタッフやフリーのシナリオライターとして活動。1993年より9年間、豊田市民創作劇場の作・演出を担当する。
2003年、2006年には国内最大級の野外劇「とよた市民野外劇」の作・演出を担当。その後、人材育成の必要性を実感し、舞台芸術人材育成事業「とよた演劇アカデミー」(現在はとよた演劇ファクトリー)を発案、実行委員として運営に携わり、2011年から2015年まで短編演劇バトルT-1を主催する。
2012年からはTOCを主宰して市民公募のキャストによる群読劇を豊田市美術館などで上演。2017年からは、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長として様々なアートプログラムの企画・運営に従事し、同年、とよた演劇協会を設立。会長に就任し、2020年、とよた劇場元気プロジェクトを実施する。
その他、演劇ワークショップの講師や人形劇団への脚本提供・演出、ラジオドラマ、自主短編映画製作など活動の幅は多様。これまでの作・演出作品は70本以上。1997年からは公益財団法人あすてのスタッフとして社会貢献事業の推進にも従事。豊田市文化芸術振興委員ほか就任中。平成8年度豊田文化奨励賞受賞。平成12年とよしん育英財団助成。平成27年愛銀文化助成。日本劇作家協会会員。 


【コラム】「<TAG>再開に寄せて」清水雅人(2021.5)

豊田とその周辺地域の、演劇・映像・音楽・アートに関する情報と人材のネットワーク<TAG>Toyota Art Geneサイト → http://toyotaartgene.com/

 地域振興、地方分権、地方創生などと言われて久しい。私は“地方”という言葉が嫌いだ。そこには、常に中央からの目線が含意されている。それぞれの人にとっては、住んでいる街こそが中央のはずなのに。

 少しずつ進んでいること、遅々として進まないこと、後退していること様々ある。だが、その中でもっとも遅れているものの一つが“情報”だと思う。それが遅れていることに気づいていないのでさらにやっかいだ。

 <TAG>は「下北沢でやっている演劇公演は知っているのに、豊田市内でやってる演劇公演のことは知らないって実はおかしくない?」という問いから始まった。以前あった雑誌ぴあの豊田版、ぐるなびの文化芸術版を作りたい、という思いがきっかけだった。

 地元の情報を伝えるメディアはここ20年で飛躍的に進化した。インターネット、SNS、ケーブルテレビ、コミュニティFM、フリーペーパーなどなど誰でも情報の発信者になれるようになった。地元のアーティストや文化芸術団体は、一生懸命それらを使って情報発信しているが、果たして届いているのか?

 「下北沢でやっている演劇公演は知っているのに、豊田市内でやってる演劇公演のことは知らないっておかしくない?」という問いは「東京都知事が昨日話したことは知っているのに、豊田市長が話したことは知らない」のと同義だ。「東京の感染状況は知っているのに、豊田の実際の状況はわからない」とも同義だ。

 メディアを通じて得る情報のほとんどが中央からの情報であることの自明性を疑うこと、生活に密着した身近な情報にも(飲食や買い物以外にも)もう少し興味を持ってもいいんじゃないかと気づくこと、<TAG>が、文化芸術分野を突破口にして、地域での情報についての意識を変える端緒になればと思う。

 お金にはならないので、少人数で時間の隙間を縫ってやっているので、不完全なゆっくりとした歩みではありますが、どうぞ応援よろしくお願いします。


清水雅人(しみずまさと)プロフィール
2000年頃より自主映画製作を始め、周辺の映画製作団体を統合してM.I.F(ミフ Mikawa Independet Movie Factory)を設立(2016年解散)。監督作「公務員探偵ホーリー2」「箱」などで国内の映画賞を多数受賞。また、全国の自主制作映画を上映する小坂本町一丁目映画祭を開催(2002~2015年に13回)。コミュニティFMにてラジオ番組パーソナリティ、CATVにて番組制作なども行う。
2012年、サラリーマンを退職/独立し豊田星プロを起業。豊田ご当地アイドルStar☆T(すたーと)プロデユースをはじめ、映像制作、イベント企画などを行う。地元の音楽アーティストとの連携を深め、2017年より豊田市駅前GAZAビル南広場にて豊田市民音楽祭との共催による定期ライブToyota Citizen Music Park~豊田市民音楽広場~を開催。2018年2019年には夏フェス版として☆フェスを同会場にて開催、2,000人を動員。
2016年、豊田では初の市内全域を舞台にした劇場公開作「星めぐりの町」(監督/黒土三男 主演/小林稔侍 2017年全国公開)を支援する団体 映画「星めぐりの町」を実現する会を設立し、制作、フィルムコミッションをサポート。2020年、団体名を「映画街人とよた」に改称し、2021年全国公開映画「僕と彼女とラリーと」支援ほか、豊田市における継続的な映画映像文化振興事業を行う。
2017年より、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員就任し(2020年度終了)、あいちトリエンナーレ関連事業の支援やとよたアートプログラム支援を行う。


【ダイアローグ】<TAG>ダイアローグ 第34回「再開ごあいさつ コロナ禍での近況と<TAG>について」動画公開及び文字起こし(2021.5)

豊田とその周辺地域の、演劇・映像・音楽・アートに関する情報と人材のネットワーク<TAG>Toyota Art Geneサイト → http://toyotaartgene.com/

豊田で活躍する人材をお招きしてお話を伺う<TAG>ダイアローグ。2年ぶりの再開の今回は、ゲストは招かずに、発起人の2人が<TAG>について、<TAG>をお休みしていた2年間、特に昨年からのコロナ禍での近況や豊田の文化芸術界隈の状況を話しました。
<TAG>ダイアローグ動画 → https://youtu.be/L64cNBCBLQ8
<TAG>チャンネル登録もよろしくお願いします → https://www.youtube.com/channel/UCIjZssyxVzbc1yNkQSSW-Hg

1時間超の動画をご覧になるお時間がない方のために、文字起こしも掲載します。
※全編の文字起こしではありません、よろしければどうぞ動画をご覧ください。

再開ごあいさつ コロナ禍での近況と<TAG>について
(出演:石黒秀和 清水雅人 2021.4.27収録)
自己紹介、<TAG>紹介
清水:みなさんこんにちは。<TAG>としては久しぶりです。

石黒:そうですね、2年ぶりくらいでしょうか。

清水:一応自己紹介しておきますか?初めて見る人もいるかもしれませんので。サイトに詳しいプロフィールは掲載しますが。じゃあ石黒さんから。

石黒:石黒です、豊田では演劇を中心とした舞台の活動をしています、作演出が主です。

清水:映画、映像関係の活動を豊田で始めて、現在は豊田ご当地アイドルStar☆Tを通じて音楽に関するまちづくりも行っています。
 <TAG>のこれまでについては後半で詳しくお話しますけど、さらっと紹介すると、<TAG>は、豊田とその周辺地域の、演劇・映像・音楽・アートに関する情報と人材のネットワークというもので、2013年から2019年2月まで活動していましたが、その後とよたアートプログラムという豊田市が主管する事業に引き継いで、豊田の文化芸術情報の発信を行って、この度2年でまた<TAG>としてリスタートすることになりました。
 2019年以前の<TAG>でもこの2人がホストになって、豊田で活躍する人材をゲストに招いてお話を聞く動画をアップしてきまして、特にこのコーナーを続けたいという気持ちもあって、<TAG>を再開することにしました。
 今月は再開初回ということで、ゲストは呼ばすに、この2人で<TAG>の説明、趣旨などをお話しできればと思います。サイトもリニューアルして、心機一転で再開のつもりです。

本題に入る前に、近況、コロナ禍での豊田での活動について
清水:ということで、<TAG>についてお話しするんですが、その前に、<TAG>をやっていなかったここ2年、特に昨年からのあまりにも激動な展開について話をしなければと思うんですが、、、。石黒さんとお会いするのも結構久しぶりですもんね?

石黒:リモートの会議では一緒になってますが、直接会うのは1年ぶりくらい?

清水:昨年秋ごろにとよたアートプログラムについての打ち合わせはリモートじゃなかったので、それでも半年ぶりくらいでしょうか。なんだかんだ言ってそれまでは<TAG>があったり、とよた市民アートプロジェクトの会議があったりで会う機会は多かったですからね。

石黒:コロナ禍で、夜はめっきり外に出なくなりました。

清水:イベント等で偶然会うというのもなくなりましたから。リモート会議だと会議の内容は話しますが、その前後に話をすることがないので、会議は早く終わっていいんですが、近況を聞くことがない。

石黒:いわゆる無駄話ね。

清水:なので、とりあえず近況を聞きたいと。どうですか、最近は?(笑)

石黒:
去年は、結構忙しくて、4~5月の緊急事態宣言が解除されて、何かやらなくては、という思いに駆られて、8月10月そして本公演として12月に舞台公演を行ったので、結果的にはここ何年かでは一番忙しい1年でした(笑)。
※「とよた劇場元気プロジェクト」豊田市で活動している演劇人が、コロナ禍の中で上演可能な芝居作りの試みたプロジェクト。詳しくはhttps://note.com/toyota_engeki
 3公演はプロデュースだけでなく作演出もやりましたので、芝居をやった1年だったなぁと。でも12月以降今のところは、公演は行ってません。そうですね、そうは言ってもやっぱりコロナに翻弄された1年だったなあ、コロナで始まり、コロナで、、、まだ終わってないんですが、そんな1年でしたね。

清水:第3派が落ち着いて、もうしばらくはいいだろうと思っていたら第4派ですからね、、、。

石黒:色々考えさせれられましたね、公演は今までとは違うやり方に挑戦して、それが正しいのか正しくないのかも分からずにやったんですが、、、。

清水:具体的に言うと、8月と11月が竹生通りにあるkabo.での公演で、、、

石黒:8月は役者2人お客さん2人という、密集できないことを逆手に取った形で、11月は4人ずつに増やして、12月は市民文化会館で、役者は8人くらいで、お客さんは90人限度くらいにして行いました。なんとかやれたんですが、終わった後も、色々考えることはありましたね。

清水:豊田の演劇界で言うと、とよた演劇アカデミー出身の劇団がいくつかありますが、それぞれの公演はできなかった?

石黒:まず、最初の緊急事態宣言で予定していた公演がすべて中止になったんですね、そこでまずガーンとモチベショーンが落ちた。それに、いわゆる音響や照明等のスタッフの影響も大きくて、この人たちは仕事としてやっているので生活がかかってますからね、会場、公共施設も一切舞台公演自体をやらなくなった。みんな“演劇の灯が消える”とか“文化の灯が消える”とか言いましたが、気持ち的にはまさにそういう気持ちでした。
 だからこそ何かをやろうと思って、緊急事態宣言明けの6月にはプロジェクトを立ち上げたんですが、その時点ではまだ演劇公演をやるなんて考えられない、名古屋の小劇場もそんな感じでした。確かに、そもそも稽古ができない、稽古ができなければ公演もできないという感じで、少なくとも年内は無理だなというのがその頃の雰囲気でしたから。
 でも、そんな中からいくつか豊田でも演劇公演があって、11月にはとよた演劇祭、2月には「あう つくる はじまる」これは豊田市文化振興財団文化事業課の事業ですが、演劇ファクトリーとこども創造劇場が中心となって開催されて。

清水:とよた演劇ファクトリーととよたこども創造劇場は、昨年はまるっとなかったんですか?

石黒:そうですね、例年の事業としてはなかった。今年は4月から募集が始まって、ちょうど募集が終わったところかな。
 そんな感じで、名古屋で公演を打つグループがいたりと少しずつ戻ってきてたんですが、またこの第4派で、、、振り出しに戻った感もありますね、、、。

清水:音楽ジャンルで言うと、橋の下世界音楽祭やトヨタロックフェスティバルは中止、トヨロックはコロナ以前に2020年は開催しないと決まっていたと思いますが、その他最近豊田ではライブの出来るお店が増えてきてますが、ほとんどライブはやれてない状況だったと思います。

石黒:清水さんのところはどうだったんですか?

清水:Star☆Tについて言えば、6月以降豊田スタジアムの広場で月1~2回程度ライブをやらせてもらって、秋以降は名古屋の比較的大きなライブハウスでのアイドルライブにも出演してという感じです。
 でも、例年発表している新作CDは作れませんでしたし、県外遠征もほぼできず、海外公演ももちろんできず、豊田市駅前のライブやフェスもできず、ネットでのグッズ販売等もやってなんとか現状維持、収益確保を最優先にした1年でした。

石黒:みんな色々工夫を凝らしてなんとかやっているんですよね。

清水:あそべるとよたプロジェクトなんかは、夏以降、第2派以降でしょうか、大分制限も緩和されて、市長も「恐がらずに対策を徹底した上でのイベント開催は進めて」と言われたという話も聞きますし、少しずつですが、豊田市駅周辺のスペースでのイベント開催は増えてきていると思います、またちょっと制限が出てきてますが、、、。
 映像に関しては、坂本さんのところ、とよたいかんぬ映画祭は11月にオンラインで開催してましたね。ただし、新作映画は制作できなくて、過去の作品などを上映してました。あとは、いわゆる本編、劇場公開作の撮影が11~12月に豊田でありまして、エキストラ派遣等でサポートしたんですが、石黒さんにも協力いただいて。

石黒:あれは、情報公開はされたんですか?

清水:ちょうどされたところで、タイトルが「僕と彼女とラリーと」、今年の10月1日から全国公開されます。
あと、アートに関しては、、、

石黒:とよたデカスプロジェクトが、非接触をテーマにして事業募集したら、今までで一番応募が多かったようですし、私たちも関わっているとよた市民アートプロジェクトの主催ですが、2~3月にとよたまちなか芸術祭がありました。実行委員会を作って、まちなかを使って面白い試みをやってくれたなと思います。
 そもそもとよた市民アートプロジェクトでも、いわゆるイベント開催中心ではなく、まちなかにアートがある、日常の中のアートという非日常を創り出すというコンセプトを言っていたので、まちなか芸術祭は原点に還ったとも言えると思います。

清水:面白い作品もありましたね。

石黒:そもそもアートの展示などは一気に人が集まるものではないので、こういう時には合っているのかもしれませんね。

清水:そんな感じで、なんとか継続してやっているところあり、1年休んでしまった、やめてしまったところもありという感じでしょうか。

コロナ禍で見えてきたもの
清水:それで、、、これは個人的な実感というか、気づいてしまったことなんですが、今回のコロナ禍で、コロナはすべての人に平等ですから、国としての危機管理能力のテストになっているという指摘も言われていて、確かにそう思うんですが、それってどこを切っても同じで、例えば地方都市の文化芸術としてみても、我々のような活動を文化として見ているか、ただの遊びをやっていると見ているか、の本性というか、考えが見えてしまう、露呈してしまうということがいろんな場面であって。

石黒:それは大いにあるね~。

清水:それも、そういう本性って結構個人単位で違っていて、例えば、Star☆Tのライブ会場を探す過程で、公園とか広場、その他の施設などを使いたいって施設や行政機関に相談すると「いや無理ですよ」ってほぼ門前払いのところもあれば、「どうやったらやれるか一緒に考えましょう」って言ってくれるところもあって、同じ基準のはずなのにものすごく違いがある。
 それって、平時だったら、地域振興、文化振興、まちづくりの活動は必要ですねって同じ対応なんだけど、こういう時になると「ここまで積み上げてきたStar☆Tの活動は、文化だし豊田の財産だからなんとかつぶさないように」と考えられるか、「好きで遊びでやってることでしょ?わざわざこんな時にライブやる必要あるの?」って思うかってその人の本当の考えというか資質がばれてしまうんですよね。
 それは行政に限ったことではなくて、どこでもそういう本性がばれる場面がでてきている。組織内とか友達同士でも。

石黒:それって、どこでも、世界中で起きてることなんだろうね。今4月末の時点ですが、東京で緊急事態宣言が出たけど、寄席は開くって言ってニュースになってました。
※結局東京都等からの要請を受けて休業することになったもよう。
不要不急をどう取るのか、落語は不要不急ではない、生活に必要なものだっていう主張をどう受け取るか、まさに落語は文化だと捉えるか、ただの娯楽と捉えるか、この不要不急とはなんだというのを考えさせられる1年だった、いやまだ続いているなぁと。

清水:Star☆Tの活動でも、石黒さんが積み重ねてきた豊田での演劇の活動でも、こういう時期なんだから1年くらい休めばいいじゃんって思う人もいるかもしれませんが、1年休んだら多分元に戻るまでに3年とか5年かかります、あるいはもう元に戻らないかもしれない。こういうものって本当にもろくて、結構簡単になくなってしまうものなんです。10年20年かけて作ってきた実績がここにありますが、それが全く起きてこなかった歴史も想定できる、豊田にアイドルグループがいない今だってあり得るし、豊田に演劇をやるグループなんてなくて、やりたい人は名古屋に行ってる状況だってあり得たわけで、この言葉はあんまり過ぎじゃないけど、やっていることは1つのレガシーだという自負もあります。
 飲食店だって同じで、豊田のまちなかにこれだけたくさん飲食店が出来てるのも1つの文化だと思うんです、これをみんなでちゃんと守るか、別になくなってもいいと思うか。自動車を作ることに比べると見えにくいかもしれないけど、そういうのも文化だ、地域に必要なものだと思えるか。

石黒:でも、まだ正解がわからないというのもあって、例えば医療のことを言われると何とも言えない、医療従事者ががんばっているのに、、、まずは命を守らないと、、、と言われると、ある意味反論できない、もっともだという気持ち、ある種の弱さもある。僕自身もそこにまだ答えが見いだせてないというのが正直なところです。でもそれってとても大事なことで、そこにきちんと言葉が乗せられるように考えなくてはいけないと思います。

清水:もう1つは、この<TAG>のコンセプトにも通じるんですが、地域での情報発信についても改めて考えたというか、マスコミを中心にメディアで得る情報、コロナの状況とか、医療のひっ迫状況とかって全国ニュースと言いつつほとんど東京の情報なんですよね。もちろん国家の対応は重要なので全国ニュース必要ですが、じゃあ実際東海地区や愛知県の状況はどうかと言うと情報はかなり少ないですし、さらに言えば豊田の実際はどうなのか、豊田の医療状況はひっ迫してるのか大丈夫なのか、検査体制はどうなのかってほとんど情報がない。
 豊田市長が結構頻繁に動画を公開していてそれは評価していいと思いますが、まあでも市の発表ですからね、都合の悪いことは言わないでしょうから、いわゆる実際の状況を伝える情報はネットを探してもほとんどありません。そういう情報の非対称性を改めて感じるとともに、そのことが実はおかしいってそもそも思わない状況も変わってないなぁと。

石黒:私たちは戦後生まれですけど、あの戦時中の国民の動きを見てみると、なんであんな風になってしまったんだろうって思うけど、今まさに私たちは当事者だと思うんですよ。だから、何十年後かの人が、この時の状況を見てどう思うんだろうか、正しかったのか間違っていたのか、そういう歴史的な視点を持たないといけないって思っています。

清水:<TAG>2年ぶりの再開って冒頭で言いましたが、2年前ってなんだか隔世の感があるというか、、、。

石黒:私たち、いわゆる空想の世界、虚構の世界を書いて作ってきた人間なんですが、それが現実に起きてしまっているという変な感覚がありますね。

清水:これまでの<TAG>でたくさんの方に話を聞いてきた中で、2000年前後で時代の転換というのがあったんだという実感があって、まあこれは地域とか文化芸術に限ったことではなく、高度成長~バブル崩壊までで一区切りがあったということなんですが、今そこから20年で、またもう1つ大きな転換が起こっている最中という気がします。

石黒:演劇に限ったことではなく、豊田の市民活動って、コロナの前までにがぁーっと伸びてきたと思うし、いろんなおもしろい人材も出てきたと思うんです。豊田の文化高度成長みたいなものがあったと思うんですが、そこにコロナ禍が襲って急ブレーキがかかったようになっている感はある。何か試されているのかなという気がしますね。

清水:現在のコロナの状況はいずれは終息するとは思いますが、だからと言って元には戻らないし、戻ってもいけないと思うんです。

石黒:そうですね、新しい段階に進んでいかないといけない。でも確かにそういう感覚の違いは、個人単位かもしれませんね、行政でも会社でも。

清水:まちづくりが大事って言っても、本当に市民社会を作ることの必要性から言っている人と、お金儲けのために言っている人、よくわからないけどとりあえず言っている人が見えてしまった。まあ、そういう意味でも私たちが言いたいことを発信できる場としても<TAG>を再開させたいなとも思ったんです。

コロナを経たこれから
清水:コロナになって本当にテレビを見なくなってしまったんですが、、、。

石黒:
僕もそうです。

清水:特にニュースとか情報番組とかは見てられないというか。かろうじて新聞はまだとってますが。

石黒:うちも新聞だけはまだとってる。

清水:最初の緊急事態宣言が出た時に一番最初にやったのがクロームキャストを買ったことで、NETFLIXとかAMAZON PRIMEをリビングのテレビで見れるようにした。それでYouTubeとかも見れるので、ニュースとか解説なんかもネットで情報を得るようになったんですが、アルゴリズムのせいで、似たような論説のコンテンツばかり見るようになっていく。例えば政府に批判的な内容のものばかり見てその逆はほとんど見ない、一方でネトウヨ的なものを見ているとその逆は見ない。いわゆる「見たいものだけを見る」状況になっていく。ああこうやって分断って起るんだなぁ、陰謀論を信じる人が増えるのもしかたないのかもって思っちゃいました。

石黒:うちの息子もテレビは見ないんですが、そんな風だと偏るぞって言うんです。実際少し偏ってるなと思う時もあるんですが、テレビだって偏ってるじゃないかって言われると反論できないですね。

清水:そういう意味でも地域に立ち返らないとって思うんです、1人1人が世界の偏った情報を1人で浴びて分断されていくのではなくて。国を変えようって言っても徒労感、絶望感しかない、選挙に行っても何も変わらないようにしか思えないですけど、まだ地域でのコンセンサスを顔の見える範囲で作っていって地域を変えていくとかよくしていくことはできると思えるんじゃないかと。

石黒:確かに、グローバルとか市民社会とか言葉はよかったし、僕ら子どもの頃から理想だと思ってきましたけど、どうもちょっと違うんじゃないか。やっぱり地球単位で見た時に、いろんな文化とか生態系があって、それに合わせた暮らしとか、価値感があるんだなと。そこを1つのものに統一していこうではなく、それぞれを尊重するやり方をしていかないといけないというのが見えてきていると思います。

清水:どうですか、まわりのコロナの状況へのリアクションで、世代的な違いってありますか?若い世代はどんな感じですか?

石黒:世代的な違いはあんまりないかなぁ?ただ、これまで一生懸命活動してきた人がガクンって燃え尽き症候群みたいになっちゃったりとか、逆に引き続き頑張っている人もいるし、そこは個人個人かな。僕は、今ちょっとひと休みって思っている人を否定しないし、それもありだと思いますが、でもなんとなくこの状況も1年経てば、、、と思ってた人も多いと思うんです。でも1年経ってもまだ先が見えないとなると、本格的に辞めようって思う人がこれから増えてくるのかなという心配もあります。

本題 <TAG>とは
清水:ということでやっと今日の本題に(笑)、<TAG>とはという話をしたいと思います。

略 ※TUG~<TAG>の歴史については省略します。動画(33分30秒頃~)又はサイト http://toyotaartgene.com/aboutus.html をご確認ください。

清水:<TAG>を継承したとよたアートプログラムは、2019年度はどうしてもあいちトリエンナーレに振り回されたというか、かかりっきりになってしまって、2020年度でいろいろ検討したんですが、最終的には豊田のあらゆる文化情報を集約発信するのは難しいという結論になってしまって、TAPマガジンサイトは、より狭義なアート(美術)を中心とした情報サイトに落ち着いてしまった。それなら、また行政を離れて<TAG>を復活させようというのが、再開の大きな理由の1つです。

石黒:市はトリエンナーレのために市民アートプロジェクトを作ったわけではないと言うけれども、やっぱりトリエンナーレって大きかったと思うし、豊田と現代アートって、全国的にも有名な豊田市美術館があるんだけれど、なかなか市民には浸透していないという現実もあり、豊田にアーティストもいたけれども、市としては特に支援はしてこなかった中で、とよた市民アートプロジェクトが果たした役割は、一定の効果はあったと思っています。
 ただ、そこで見つけられた人材とかパワーをどう活かしていくかという点は、行政ではなかなか難しいのかなとも思う。やっぱり受け皿になる民間というか人材が必要なんだろうなと、まあ我々も含めてですが、行政に任せているだけではダメだろうなと。もう行政だ市民だと線引きする時代ではないけれど、行政には行政の理屈もあったりして、まだまだ時間はかかるかなとも思いますけどね。

清水:実際、プロジェクトやハイブリッドブンカサイなどを通じて知り合えたアーティストもたくさんいますし、我々のような演劇とか映像とか音楽の人材からのアプローチもとても重要だと思います。

石黒:コロナでちょっと見えにくくなってますが、市民アートプロジェクトに刺激されて参加した人もいるし、参加までしないけど何かやってるなって認識した人もいて、この1年2年で新たに活動を始めたって人もかなりいるんです。そういう人が何人いるってはっきり見えているわけではないですが、感覚的には増えてると思う。そういう意味では環境づくりはできたのではないかと思います。

<TAG>、地域メディア、情報発信
清水:情報発信については、<TAG>からとよたアートプログラムに継承する時にも繰り返し言ったんですが、東京とか名古屋の情報は届くのに、身近な地元の情報こそ届いてない現実、よく言う例えですが、演劇でいうと、下北沢でやっている公演情報は知ってるのに住んでる街豊田でやっている公演は知らない、という状況ってちょっとおかしくないか、メディアを通じて得る、全国という名の中央の情報と自分の街の情報の割合って実際9.8対0.2くらいだと思うんですが、せめて7対3くらいにならないか、各劇団とか団体がそれぞれ発信しているだけではどうしても弱いので、豊田の文化芸術で括って集約して発信するプラットフォームが作れないかって思いでやってきた。
 かつてあったぴあという雑誌の豊田版をネット上でやれないかっていうのが具体的なイメージだった。これって結構労力がいるので、<TAG>の頃でも中途半端だったことは否めなくて、行政ならやれるかもと思ったんですが、やっぱり難しかったというのが現在の状況です。
 ただ、今だから言うんですが、とよた市民アートプロジェクトの事務局でTAPマガジンも担当する安井さんと、昨年TAPマガジンの方向性について話す中で、安井さんはそもそもぴあの豊田版のようなものを作ること自体に必要性を感じてないんじゃないか、世代的には2世代くらい下で、自分が欲しい情報はSNSで各団体やアーティスト、情報発信サイトから得るので、別に集約するプラットフォームは特に必要ないと思ってるのかなぁと。
 それは安井さん個人の理由ではなくて、私たちが「ぴあの豊田版があったら便利だよね」っていうのが通じる世代が上がってきている、そういうのがあった方がいいと思うのが当たり前ではなくなってきているのかなと、そう思ってしまいました。

石黒:TAPマガジンは終わったわけではないので、アートの情報を中心に発信は続けていくんですが、安井さんが実際はどう考えているかはわからないけど、TAPマガジンに関しては、SNSを使いこなしている層、特に若い女性層に届けようという意図はあるんだろうと思います。そういう観点は今まではなかったと思うので、現在の洗練された形は継続してやっていって欲しいと思う。
 ただ、もうちょっと土臭いというか泥臭い情報を求めている人たちもいると思うので、その辺りは分けて考えていった方がいいのかなとも思いますね。

清水:あともう1つ<TAG>を始めた当時と再開する今とで認識が変わってきたことがあって、、、情報発信については、いろんな情報を集約して発信するフォーマットというかプラットフォームを作る必要があると思ってきて、その答えの1つが<TAG>だった。そういうプラットフォームができて、ある程度認知度が上がれば、情報が欲しいけど届いてない人に届くと思っていた。
 でも、去年秋に劇場公開映画のエキストラサポートをしたと言いましたが、エキストラ登録者の募集が、クランクインの10日くらい前からしかできなくて、タイトルや主演キャストもまだ言えない状況で、本当に集まるんだろうか心配で。今回は公式ラインとメールで募集して、告知はチラシも配る時間もないし、新聞等にも出せなくて、サイトとフェイスブックだけだったんですが、ふたを開けたらあっという間に700人くらい集まった。
 今回失敗したのは、登録時に在住地を聞かなかったので、豊田市民がどれくらいの割合かわからないんですが―結構エキストラマニアみたいな人がいて、県外からでもエキストラ出演に来るって人も結構いたんです―市外の人は半分とは言わないけど3分の1くらいはいると思うんですが、でも3分の2の500人くらいは豊田市民だと思う。500人と言う数字が興味のある人すべてに届いたと言える数なのかはわかりませんが、興味のあることなら、ラインとかフェイスブック等のSNSだけでもある程度情報を欲している人には届いてるんじゃないかと。
 で、そこで改めて気づくんですけど、多くの人が興味を持つこと、今回だと全国公開映画で有名人が出るらしい、エキストラで出れば有名人に会えるかもしれない、というわかりやすい情報は現状でも拡散する、それはプラットフォームの問題じゃないっていう事実に行きあたるわけです、まあ当たり前のことなんですけどね。でも、その興味を持つことが、昔と比べるとポピュリスティックになっているというか、みんなが興味のあることは私も興味がある、みんなが興味のないことは私も興味がないっていう現象が加速しているんじゃないかと。

石黒:それは豊田だけの現象じゃないよね、、、。

清水:そうですね、どこでも起こっていることでしょうね。だから、本当にいい公演とかライブがあっても、みんなが興味がないことは、本当にコアなファンは行くけど、多くの人には拡散しない。これって、フォーマットを作ることよりも、もっと難しい問題だと、、、。

石黒:それはやっかいだね、、、情報が届いてないから人が集まらないと思っていたけど、届いてるんだけど来ないとなると、、、考え方を変えないといけないのか、、、。

清水:だから、それこそ今のYouTuber的な思考になっていくというか、再生回数を増やすために、わかりやすくて、過激な内容にエスカレートしていく構図と同じなんですよね。派手ではないけどじっ時間をかけて表現をしているコンテンツをたくさんの人に見てもらうことがますます難しくなっているというか。最終的には、興味をもってくれる人を掘り起こす、育てる、そういう作業からやっていかなければならないというところに行きついてしまう。

石黒:まあ、演劇も映画も音楽も観て聴いてもらってなんぼですから、いかにお客さんを集めるかって考えないわけにはいかないんですが、以前だったらチラシを作って、たくさん撒いて、新聞やフリーペーパーで告知してもらってという数打ちゃあたる精神でやっていたんですが、、、。そういえば、仕事の方ですけど、今年からイベントごとのチラシは一切作らないってことにしたんです。

清水:非接触の時代でもありますしね。

石黒:僕なんかは、まだまだチラシに依存している世代なんですが、でもやってみようと。そうすると、代わりにSNSでどれくらい情報が伝わるのか?って思ってたんですが、今の話を聞くと、情報は届くんだけど、その伝え方というか、どう魅力的に伝えるかにかなり知恵を絞らないといけないんだなぁと。

清水:極端に言えば、何か食べ物でも記念品でも無料で配るって告知すれば、その情報は伝わって人もたくさん集まるんだと思います。でもそれでいいのか、そういう人は多分もらうものもらったら帰っちゃうだろうし。

石黒:
まあでもチラシだって、いかに興味を持ってもらえるようなチラシを作るか考えていたわけだし、同じだと言えれば同じなのかな、、、。

清水:というわけで、<TAG>も見る人が一気に増えることはないとは思いますが、中身は濃いはずなので、じわじわと興味を持つ人が増えていって欲しいと思ってます。そのために文字起こしもちゃんとして、コラムも継続して、このダイアローグもコロナが収まれば公開収録もやりたいなとも思ってますので、どうぞよろしくお願いします。

略 ※<TAG>サイト各コーナーの説明は省略します。詳しくはサイト http://toyotaartgene.com/aboutus.html をご確認ください。

石黒:あとは、特にアート・文化芸術だけにこだわらず、広くまちづくりに関わる人、例えば農業とか福祉とかいろんな分野の人の話も聞きたいって思っています。

清水:本当にそうですね、それこそ次回誰を呼ぼうかって考えるに、今一番興味があることって、豊田のコロナ、例えば医療の状況ってどうなの?ってことなんです。そういう情報って探してもないし、誰に聞いていいのかもわからない。まあ、地元だから情報が出てこないってこともあるんでしょうが、、、。

石黒:今デザイン思考とか、アート思考と言われますが、アートの世界にジャンルってもうなくて、どんな切り口でもそれはアートであると言えますし、だから、街を、生き方を楽しんでいる人であれば、どんどん来てもらって色々話を聞きたいですね。

2021年の抱負
清水:最後は、それぞれの今年度の計画というか、予定の話をできればと思います。

石黒:昨年3本芝居をやって、今年は特に予定はないんですけど、コロナ前からやっていた、演劇部という名前で、上演を目的としない芝居作りというのをやってて。芝居を楽しむ中で結果的に公演をやることになってもいい、でも最初から公演を目的として人を集めたり、劇団を作ってということはしない、稽古という過程を大事にして、結果的に公演があるかもしれないしないかもしれない、という活動を実験的にやってたんですが、それをまた再開して、少ない人数で動き始めているところです。公演がやれればいいかなとは思っていますが、時期は決めずに、1年でも2年でもかけてじっくり芝居を作るのもいいかなと思っています。

清水:豊田の演劇人材はどうですか?まだなかなかコロナの先が見えない状況ですが、、、。

石黒:でも、ありがたいことに、豊田市文化振興財団が、昨年度も演劇祭や「あう つくる はじめる」をやって、人材も関わってという状況があった。そこでいろんな知恵も蓄積されたと思うので、演劇ファクトリーやこども劇場、演劇祭などでその知恵を一段も二段も上げていってもらって、やっていって欲しいと思っています。この1年の知恵の蓄積って大きいし、活かしていかなければならないと思いますし、文化振興財団は文化を絶やさないということを肯定的に捉えて、やってきているなと思います。

清水:私は、本当は1年前から動き出そうと思っていた、劇場作りにいよいよ取り掛かりたいなと、音楽ライブだけでなくて演劇や映像上映もできるいわゆる劇場ですね、それを作りたいと。

石黒:それは本気?

清水:本気ですよ。

石黒:場所の候補はあるの?

清水:まだまだ全然です、探すところから。計画としては豊田のまちなかのつもりです。

石黒:劇場と言えばなんですが、名古屋の老舗の劇場だったナビロフトがなくなってしまって。コロナが直接の原因ではなくて、衛生的なことを保健所と相談する中で、実は劇場を作ってはいけない区域だったことが判明して閉鎖になったという。

清水:新聞で見ました。いわば名古屋演劇の聖地だったのに。

石黒:豊田の演劇人には一番近い名古屋の劇場だったし、実際公演を打つグループもありましたから、残念で。

清水:豊田にそういう場所を作りたいなと思ってます。お互い今年52歳の年ですしね、最前線でやれるのもあと10年かなと思ってるんで。

石黒:本当にそういうこと考えるようになりましたね~、体力的にもガクンときててね。

清水:今まで好きにやりたいことだけやってきたんで、最後は社会的に意味のあることもやらねばとも思ってます。それと映画も久しぶりに作りたいなと思ってる。年齢的なこともあってか、可笑しいけどちょっぴり泣けるホームドラマが作りたいって思ってて、この前田中邦衛さんが亡くなってテレビでやってた「北の国から 初恋」を初めて観たんですが、すごくよかった。倉本聰さんとか山田洋次監督みたいな映画が作りたいなって思ってるんです。

石黒:今年の抱負の話とか、先が見えてきたって話にも重なるんですが、やっぱり原点に戻ってきてて、脚本家になりたいって思った時の思いとか、あの頃作りたいって思ったものって、清水さんが言ったみたいな、あの頃テレビで観てた、笑ったり泣いたり感動したドラマのあの世界で、そういうものを作りたいと思ってこういう世界に入ったので、そこを目指したいなって僕も思うようになりました。

清水:その辺の進捗状況なども、随時ここでも報告したいと思いますので、スタッフになりたいとか興味のある方は言ってください。このダイアローグは月イチくらいでやっていきたいと思ってますので、また次回よろしくお願いします。ありがとうございました。

石黒:
ありがとうございました。

出演者プロフィール
石黒秀和(いしぐろひでかず)
 1989年に倉本聰氏の私塾・富良野塾にシナリオライター志望として入塾。卒塾後、カナダアルバータ州バンフに滞在し、帰国後、富良野塾の舞台スタッフやフリーのシナリオライターとして活動。1993年より9年間、豊田市民創作劇場の作・演出を担当する。
 2003年、2006年には国内最大級の野外劇「とよた市民野外劇」の作・演出を担当。その後、人材育成の必要性を実感し、舞台芸術人材育成事業「とよた演劇アカデミー」(現在はとよた演劇ファクトリー)を発案、実行委員として運営に携わり、2011年から2015年まで短編演劇バトルT-1を主催する。
 2012年からはTOCを主宰して市民公募のキャストによる群読劇を豊田市美術館などで上演。2017年からは、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員長として様々なアートプログラムの企画・運営に従事し、同年、とよた演劇協会を設立。会長に就任し、2020年、とよた劇場元気プロジェクトを実施する。
 その他、演劇ワークショップの講師や人形劇団への脚本提供・演出、ラジオドラマ、自主短編映画製作など活動の幅は多様。これまでの作・演出作品は70本以上。1997年からは公益財団法人あすてのスタッフとして社会貢献事業の推進にも従事。豊田市文化芸術振興委員ほか就任中。平成8年度豊田文化奨励賞受賞。平成12年とよしん育英財団助成。平成27年愛銀文化助成。日本劇作家協会会員。

清水雅人(しみずまさと)
 2000年頃より自主映画製作を始め、周辺の映画製作団体を統合してM.I.F(ミフ Mikawa Independet Movie Factory)を設立(2016年解散)。監督作「公務員探偵ホーリー2」「箱」などで国内の映画賞を多数受賞。また、全国の自主制作映画を上映する小坂本町一丁目映画祭を開催(2002~2015年に13回)。コミュニティFMにてラジオ番組パーソナリティ、CATVにて番組制作なども行う。
 2012年、サラリーマンを退職/独立し豊田星プロを起業。豊田ご当地アイドルStar☆T(すたーと)プロデユースをはじめ、映像制作、イベント企画などを行う。地元の音楽アーティストとの連携を深め、2017年より豊田市駅前GAZAビル南広場にて豊田市民音楽祭との共催による定期ライブToyota Citizen Music Park~豊田市民音楽広場~を開催。2018年2019年には夏フェス版として☆フェスを同会場にて開催、2,000人を動員。
 2016年、豊田では初の市内全域を舞台にした劇場公開作「星めぐりの町」(監督/黒土三男 主演/小林稔侍 2017年全国公開)を支援する団体 映画「星めぐりの町」を実現する会を設立し、制作、フィルムコミッションをサポート。2020年、団体名を「映画街人とよた」に改称し、2021年全国公開映画「僕と彼女とラリーと」支援ほか、豊田市における継続的な映画映像文化振興事業を行う。
 2017年より、とよた市民アートプロジェクト推進協議会委員就任し(2020年度終了)、あいちトリエンナーレ関連事業の支援やとよたアートプログラム支援を行う。


【お知らせ】<TAG>2年ぶりに再開します

豊田とその周辺地域の、演劇・映像・音楽・アートに関する情報と人材のネットワーク<TAG>Toyota Art Geneサイト → http://toyotaartgene.com/

<TAG>Toyota Art Gene は、2013年より「豊田とその周辺地域の、演劇・映像・音楽・アートに関する情報と人材のネットワーク」として、主にインターネット上で情報発信をしてきました(<TAG>第Ⅰ期2013.7~2019.2)。

<TAG>事業は、2019年度より、豊田市が主管する「とよたアートプログラム」に継承され、TAP magazine サイトが公開されましたが、<TAG>でやりたかったことで、TAP magazine ではやれないことができてましたので、この度<TAG>を再開、サイトもリニューアルしました(<TAG>第Ⅱ期2021.5~)。

<TAG>では、以下のコーナーで豊田の演劇・映像・音楽・アートに関する情報を発信します。
○<TAG>ダイアローグ/<TAG>発起人石黒秀和と清水雅人がホストとなり、豊田で活躍する人材をお招きしてお話を伺うトークコーナー。動画公開と文字起こし掲載。月1回程度。
○コラム/石黒秀和、清水雅人はじめ豊田で活躍する人材のコラム、その他レポートや批評など掲載。随時。
○豊田の文化劇術情報/豊田の演劇・映像・音楽・アート各ジャンルの情報を集約している各団体のFacebookページ等リンクしています。

※これまでの対談動画(<TAG>第Ⅰ期 <TAG>通信[映像版]、とよたアートプログラム「この人」)も新しいサイトにアーカイブとしてリンクしています → http://toyotaartgene.com/dialogue.html 
※これまでの、石黒秀和、清水雅人のコラム・レポート、とよたアートプログラム期のインタビュー等も掲載しています → https://toyotaartgene.blogspot.com/

少ない人数での運営のため、ゆっくりとした歩みですが、どうぞよろしくお願いいたします。

<TAG>発起人
石黒秀和 清水雅人

<TAG>サイト → http://toyotaartgene.com/
facebookページ → https://www.facebook.com/toyotaartgene
記事掲載ブログ → https://toyotaartgene.blogspot.com/



2021年5月6日木曜日

【インタビュー】「とよたの新しい博物館」豊田市新博物館基本計画策定委員会委員長の南山大学 黒澤浩教授インタビュー(2020.1掲載)

2023年にとよたに新しい博物館が建設予定!ということで、どんな博物館になるのかについて豊田市新博物館基本計画策定委員会委員長の南山大学 黒澤 浩教授にお話を伺ってきました。

ミュージアムと博物館> 
最近ミュージアムっていう言葉を使うところが多いでしょう?
でもミュージアムと博物館は実はイコールじゃないんです。幕末に日本人が遣米使節とか遣欧使節とか行ってミュージアムを見るわけですよ。それを帰ってきてどういう風に日本語で表現しようかといろいろ考えてできた言葉の一つが博物館だった。さらにそれを広めたのが福沢諭吉なんです。『西洋事情』の中で「博物館」っていう言葉を使ったんです。
だから博物館っていうのは訳語ではなくて、日本人がそういうものを見た時に「一体なんて表現しようか」っていろいろ考えて出てきた言葉なんです。
「博物」は元々は漢文の言葉で「広くものを知る」という意味。だからいい言葉だと思うんですよね「博物館」って。

<野生の思考>
フランスの人類学者でクロード・レヴィ=ストロースっていう人がいて、彼の有名な著書で『野生の思考』があります。
その中に「野生の思考」、さらにそれと対極にある「栽培された思考」っていう言葉があるんですね。「栽培された思考」とは「出来合いのものでそれを学ぶ」っていうことで、その出来合いのものに思考を慣らしてく。
しかし「野生の思考」っていうのはその逆で、「あり合わせのものを組み合わせて何かを作ってしまう」っていう思考です。つまり決まりきったものではなくて、その手元にあるもので何かを作っていくっていうのが「野生の思考」なんです。
でも今の博物館って「栽培された思考」になってしまっていて、出来上がったものをありがたく拝見する、拝聴するという形になってしまっている。でも僕はやっぱり「野生の思考」がいいなと思っていて。新しい博物館でいろんなものを見て受け取ったもので自分の中でいろんなものを組み立てていく、そういう場であってほしいなって思います。



<とよたの新しい博物館>
新しい博物館では、鑑賞者の体験や市民に向けての活動っていうのがメインになってくるかもしれないですね。展示はもちろん重要ですけども、それよりも今度の博物館は「市民がそこで何をするか?」っていうところに重点を置いた博物館になると思います。
「ふるさと」っていうのを基本的なコンセプトにしているんですが、実は豊田に限らず最近は土着の人って少なくて流入人口の方が多いんですよ。外国人も企業関係者で結構いるし、そういう人たちに「ふるさと」っていってもリアリティがない(笑)
だから「ふるさと」と思ってもらえるような、出身はどこであっても「ああ豊田に来てよかったな」って思えるという意味での「ふるさと」。
 基本的な問いかけとして「なんで豊田だったんだ?なぜ?」というところがあって、博物館から出てきた時に「ああ やっぱりだから豊田だったんだ」という風に思ってもらえるようになるといいですね。

お話:
豊田市新博物館基本計画策定委員会 委員長 
南山大学 人文学部人類文化学科教授
黒澤 浩さん

【インタビュー】Our History My TOYOTA とよたのまちなかの人たちにお話を聞きました(2020.1掲載)

 

Kabo. (かぼ)さん:竹生町のゲストハウス。人が集まる、繋がる、笑顔になる空間〒471-0077豊田市竹生町2-4-22 営業時間10:00~19:00 定休日毎週水曜日
TAP:トリエンナーレやW杯など様々なイベントがありましたが、街なかの雰囲気や様子など いかがでしたか?
Kabo:kabo.のイベントでもトリエンナーレツアーをやりました。でも一回しかできなかったんですよ(笑)もっとたくさん開催したかったです。
ゲストハウスにいらっしゃるお客さんの中にはトリエンナーレ目的の方もいましたね。東京から若い男女がきてくれたり、県外の人も多かった。美術好きな方に、トリエンナーレやってますよ、って紹介したら皆さん行ってくれたり。お客さんの反応も良くて、楽しんでいる様子でした。
TAP:これからどんな豊田にしていきたいですか?
Kabo:個人的にはまちなかにミニシアターとか古本屋とか、超マイナーな文化が繰り広げられる場所がもっとできたらいいなと思います。ディープな街が好きなので(笑)
竹生町で昔、それぞれのお家の軒先に竹細工を置く、みたいなプロジェクトをやったことがあって。そういったことを現代のアーティストさんと絡ませて、いろんな新しいことを起こしていったら面白くなりそう。
 街なかを何となく見ていると、竹生町の商店街は、昔ながらのお店とか路地がよく残っているんですよ。そのポテンシャルをぜひ活用したいです。ゲストハウスは、外から入ってくる人のまさにきっかけの場所なので、外の人と豊田との関わりを作っていけるようにしたいです。それが豊田市の魅力再発見や、「豊田はこれ!」って言えるような街の皆さんの誇りに繋がればいいなと思います。



大悟さん:トリエンナーレを盛り上げてくれた、挙母祭りとBBQを愛するまちのお兄さん!豊田中央社労士FP事務所〒471-0024 豊田市元城町3-48
TAP:トリエンナーレやW杯など様々なイベントがありましたが、街なかの雰囲気や様子など いかがでしたか?
大悟さん:トリエンナーレを知る前はアートにほとんど関心がなかったんですが、知人に紹介されて見に行ってみてすごく考え方が変わりました。
日常で「これもアートなんじゃないか?」という場面があったり、アートとは何かを頻繁に考えるようになったんです。豊田会場の作品を見ての感想ですが、国内外から色々なアーティストが来て、豊田市アイデンティティみたいなものを作品として表現してくれたことが純粋にうれしかった。そういう地域の魅力の掘り起こしって外から来る人のほうが上手かったりしますよね。
TAP:これからどんな豊田にしていきたいですか?
大悟さん:豊田の一大イベントの一つである拳母祭りは豊田の人との繋がりを作ったきかっけです。祭りは絶対に大切。祭りがあるから成り立っている側面もあると思う。
ただ、豊田市は祭り「だけ」ではないし、閉鎖的にやっているだけでは成長できない。もっと色々な方面に開かれていかないといけないなと思います。
 個人的な観点ですが、岡崎や豊橋などの東海道の宿場として栄えた地域は文化が受け入れられやすい。それに比べて豊田市は土壌が薄いなと思います。でもそれに対して危機感を持つ人はあまりいない。まずはそれを知らせるところからだと思います。
 1年の歳時記の中にアートイベントが入ってきたらそれはもう成り立っているはず。いきなりアート色の強いイベントをやるのではくて、生活の場面に日常的にアートが入り込んでくるような企画を積極的にやっていったらどうでしょう?そうやって少しずつ街の中に根付かせていったら、市民の意識も変わるのではないでしょうか。



Kevin’s Bar のマスターとママさん Kevin's Bar:豊田市若宮町1-34
まちなかの様子としては、朝早くから駅周辺に若い女性を中心として、多くの人が行き交っていて、すごい効果だなと思いました。
トリエンナーレが始まる前は、豊田でやってどれくらい人が集まるのか心配していたんですが、いざ始まるとすごくにぎわっていたように思います。
これだけ成果があったので、次に繋げていってほしいです。バーの方では、ボランティア終わりの方が利用してくださったりしました。また隣で作品を展示していたので、アーティストさんもお店に来てくれたり、交流もありましたね。


かもめ堂さん かもめ堂:豊田市喜多町4丁目25-5
店頭でもトリエンナーレのポスターを貼って宣伝をしていました。
トリエンナーレ自体は良い取り組みだと思います。ただ興味関心がある人は情報収集しているので文化イベントも色々知っていますが、逆にこれだけ豊田市トリエンナーレをやっていても、知らない人は全く知らない。
発信力は大事だと思います。
豊田市民の文化意識は昔からそんなに変わっていないと思います。トリエンナーレのような取り組みをもっと豊田市でもやって、上手く発信していったらいいのではないでしょうか。



Risoさん Riso:豊田市 西町 2-8 CONTENTS nisimachi
ちょうどクリムト展もやっていたので、街自体はにぎわっていましたよね。県外からいらっしゃっていた人も何人かお会いしました。
トリエンナーレのチラシをもって来て下さる方も見ましたし、期間中は新しいお客様も多かったです。トリエンナーレを期にコラボパンを出させてもらいました。毎月中身の変わる食パンを出していて、ブルーベリーの時期だったのでその色を使って作りました。意外と市役所の方が買って行ってくれたり(笑)
イートインスペースをトリエンナーレ巡りの休憩に利用してくださるお客様もたくさんいました。



マツザワクリーニングさん:マツザワクリーニング 豊田市桜町1丁目55
家族がトリエンナーレのボランティアをやっていたので、色々なお話を聞きました。
私も一部の作品を見ましたし、今年の1月の地域展開プログラムも見に行きましたが、やはり現代美術は難しい所がありますね(笑)
あとで解説をしていただいて、理解しました。
でも見に行くのは好きで、豊田市美術館にも時々行きます。
近くの桜城址公園で時々マルシェが開かれていたりしますので、街の中の新しい活動を身近に感じてはいます。そういった形で、もっとまちの身近なところにアートがあればいいなと思います。東高校の旧校舎の活用もすごくいいことだと思いました。
新しく博物館ができるとのことですが、どうなるのか楽しみです。

【ダイアローグ】特別編 あいちトリエンナーレがまちに残したもの-長者町・岡崎・豊橋の今と、豊田のこれから-シンポジウム(2020.1掲載)



2019年11月22日、豊田市産業文化センターにて
シンポジウム【あいちトリエンナーレがまちに残したもの-長者町・岡崎・豊橋の今と、豊田のこれから-】がおこなわれました。
あいちトリエンナーレの各会場となった地域の方々をおよびし、トリエンナーレをやったあとその地域でどのような取り組みが行われたのかをざっくばらんに話し合いました。

<武藤勇(以下、M)、鈴木正義(以下、S)、黒野有一郎(以下、K)、モデレーター:山城大督(以下、Y)>
Y) アーティストユニット、ナデガタインスタントパーティ(以下、ナデガタ)の山城大督です。
まず、あいちトリエンナーレ(以下、あいトリ)が始まる前までの豊田の活動を紹介したいと思います。僕自身アーティストとして活動していますが、2013年のあいトリに、ナデガタは長者町エリアで作品を展開していました。中部電力の変電所跡地を会場として、中部地方の映画産業を支えた特撮スタジオ『STUDIO TUBE』というフィクションを立ち上げました。そこにオープンスタジオという形でいろんな人たちが参加するという作品を作ったんです。ナデガタはこうやって、人と関わって作品を作っていくスタイルのプロジェクトを13年間35作ほど発表してきました。
今回のトリエンナーレでは新しく、円頓寺・四間道と豊田市が選ばれました。豊田市の皆さんは、僕の感覚としては喜ばれていたように思います。どんなことが起きるのかなあという、わくわくした感じを今年の春ごろから感じていました。
ナデガタと豊田市との関わりは、2017年度から。とよた市民アートプロジェクトというものを立ち上げて市民のアート活動を盛り上げることが出来ないか、というお話を天野さんはじめ文化振興課から依頼されました。その時、天野さんと話したのは、豊田はクオリティの高い美術館があるけれど、意外にも市民と現代アートが関わるプロジェクトがあまりない、という事だった。そこでアートプロジェクトの場所を探すために、半年くらいかけて街を巡ったが、豊田は空き家がたくさんあるわけでもなく、大きなスペースを見つけるのが非常に難しかった。そこで出会ったのが旧豊田東高校という元女子高だった。
このとよた市民アートプロジェクトでは、ナデガタとしては自分たちの作品を作るという意識は全く持っていなくて、協働の仕方を提示し何かを作ろうという呼びかけを行いながら、街と人とアートをつなげる方法を探してきました。トリエンナーレでは僕らが作った拠点のひとつ「とよた大衆芸術センター[TPAC]」があいちトリエンナーレ豊田会場のビジターセンターとなり、カフェ運営や、展示・トークイベントなどにも活用されてすごく活躍したと思います。

M) N-mark自体は今年で20年で、自分たちが見たいアートを見るための活動としてやっています。僕自身もアート作品を作る側で、自分が作品制作をしていくためにはどういう環境が必要なのかなという所が最初のきっかけです。自分が面白いアーティストたちと一緒に発表したり、考える場所を作っていくという趣旨です。
長者町は2010年から会場になっていて、当時僕はあいトリのサポーターズクラブのお手伝いをしていました。鑑賞者に毎週火曜日に集まってもらってやりたいことをミーティングし実行する「火曜日活動」をやっている中で、「夜の長者町探検隊」やトリエンナーレの勉強をする「トリ勉」や、「豆腐ブッダづくり」などの活動が生まれました。
長者町の中では、「街なかアート発展計画チーム」を発足して、街の人が自主的にアートイベントを企画するシステムを作りました。その中で見つけたのが、当時空きビルだった現在のトランジットビルになります。
トランジットビルでアート活動が行われはじめて、今年で7年目になりますが、アーティストがここで写真教室や木工教室を開いたり、ある程度この場所に定着して活動を始めるようになりました。僕たちのギャラリーも地下にありますし、アートを見せるとか、作るだけではなくて、アーティストたちの生活の拠点として存在しています。
今回は初めて長者町であいトリが開催されないということで、「都市農業」をアートに取り入れる試みも含め、物を育てるというキーワードで、一般の人たちと一緒に行う「アートファーミング」を開催しました。

S) 岡崎は歴史のある町で観光都市として栄え、三河ではかなり有名な商店街活性化エリアでした。しかし1990年代以降、ショッピングセンターが移転し、中心市街地が空洞化して空き店舗が増え、何とか活性化しないといけないという話が起こりました。
そこで、当時の市長は「文化エリア」に切り替え街の中心部に図書館や文化ホールを構想し、一大文化ゾーンにしようとしていました。その時に私はちょうどあいトリ開催の話を聞き、岡崎に現代アートを取り込むともっと文化エリアになるのではないかと思い、2008年にギャラリーをオープンしました。
2012年に当選した現市長は当時、箱物での活性化ではなく、街歩きを楽しめる都市を構想し、実際、「岡崎アート&ジャズ2012」という地域展開事業も開催されました。この時、1970年代にオープンしたデパート「シビコ」の4~6階が空いていて会場となりました。正直、岡崎では現代アートはなじみが薄かったので、受け入れられるか心配でしたので、長者町でキャラクター「長者町くん」が好評だった斎と公平太さんにお願いして生まれたのが「オカザえもん」です。2013年のあいトリ時には「岡崎アート広報大臣」に任命され、会場のPRをしました。
第1回目はオカザえもん効果で盛り上がり、これが何か次につながるんじゃないかと期待はしていたんですが、終わってみるとなかなか根付かないのが現状でした。
3年後の2016年、岡崎は市政100周年で、再度のあいトリ開催を期待しました。
そこで、市民と一体型となって盛り上げようということで、2015年に岡崎アートコミュニティ推進協議会という市民活動団体を発足し、アートコミュニティセンターというアート情報基地を1年間開設しました。そして2016年、岡崎で第2回目のあいトリが開催されたが、作品が前回より少なかったですし、市民も2回目は少し反応が鈍かったような気がします。
2回目終了後は、仕切り直してここから再出発しようと思い、市の予算で推進協議会が継続的に文化活動を続けてきました。具体的には元喫茶店だったところをトリエンナーレに関わった人たちと一緒に、カフェをメインにしたアートコミュニティセンター「ポケット」をオープンしつつ活動し、また話し合いの結果、会場として使ったシビコの空きスペースを使って毎年現代アート展をやっていこうということになりました。
そこで、市民の方々にキュレーションの勉強をしてもらって、2017年、市民企画展を開催しました。ただ、市民企画の展覧会は専門家のサポートがあっても、なかなか難しかった。ただし市民には好評だったので、2回目もやろうとなりましたが、そのときはシビコがもう使えなくなってしまったので、違う空き店舗を探して開催し、3回目の今年は図書館(リブラ)ほか3会場で開催しました。
現状の問題点としては、なかなか空きビルが無いことですね。まちづくりが盛んになってくると注目され、展覧会場としての場所探しも大変になってきています。

K) 豊橋は2016年にあいトリに参加しました。僕は水上ビルに住んでいるんですが、そこの1階を建築事務所として建築設計の仕事をしています。2004年に東京から帰省して、それがseboneが始まる年でした。
seboneは、芸術祭が徐々に浸透し始めていた頃で、そういうことにアンテナを張っていた若者たちが水上ビルの建物が面白いじゃないかということではじめた組織です。
このビルは、まさに都市の中で人間の背骨のように用水の上に建っている川の上の建築で、seboneのネーミングがすごくいいなと思いました。その若い子たちというのは街なかに住んでいる子たちだけではなく、外からの子たちもいて、seboneの実行委員もその頃からみんなボランティアです。都市計画系の大学院生もいたりします。岡崎、長者町と決定的に違うのは、場所が先にあって、そこをどう使うか探っていったという点ですね。
毎年アート展をやるっていうことはすごいことで、seboneも当初は、「アートでございます、飾らせてください。」みたいに扉をたたいても、簡単に開けてくれるところはなかったそうで相当苦労したと聞きました。あいトリの時にいろんな会場探しをしたとき、比較的スムーズだったのは、過去にそういった苦労があったからだったと思います。
もう一つ、豊橋の土地柄だと思っているんですが、「子ども造形パラダイス」という市民展がありまして、もう60年ぐらい続いている市民展があります。豊橋の全小中学生が作品を作って、10月の豊橋祭りというイベントに合わせて展示をします。それに家族3世代で作品を見に行く、みたいな風景がありまして。作品を作って展示して、アートを見に行く、みたいな文化が豊橋の小中学生の中には根付いています。なので、アートに対する敷居の低さがもともとあるんじゃないかな、と僕は思っています。
もう一つ、あいトリ開催を引き受ける時に、僕らは「駅デザ会議(豊橋駅前大通地区まちなみデザイン会議)」というまちづくり団体をつくっていて、そこが引き受けることになりました。僕らがまちづくりをしているエリアに会場がすべて入っていたので、愛知県もそこにたまたま目をつけていたみたいです。あいトリに向けて、案内所を一つ作ろうということと、オープニングパーティーを企画しました。これらの企画には豊橋市役所はほぼ関与してなくて、僕らが企業協賛を集めてやりました。アーティストと一緒に材料調達をしたり、会場のお掃除をしたり、トークショーを企画したりしましたね。駅デザ会議のHPにはかかわってくれた方のインタビューをアーカイブとして残しています。基本的にはseboneがあって、かなり耕されていた場所なんです。それがやりやすさに繋がったのではないかと思います。
豊橋会場は1回のみでしたが、あいトリの開催については、今後は2回くくりにしたらどうかと思いますね。

<ディスカッション>
Y) 芸術祭というものが日本全国各地で起こり始めて、あいトリ2010は、越後妻有アートトリエンナーレ大地の芸術祭ヨコハマトリエンナーレに次ぐ、都市を舞台に開催される第三世代の芸術祭というイメージでした。
その中で、実際にあいトリを見に行った周りの方々と話していて、一番話題になったのが長者町でした。ここ、ほんとに入っていいの?というような場所に入っていったり、町の人との距離が近く感じ、都市部でもこういった関係性が巻き起こせるんだなと思いました。
まずお聞きしたいんですけれども、あいトリという芸術祭が自分たちの町に来て、それを体験してどうですか?例えば長者町の場合、4回目が開催されなかったということも含めてどうですか?

M) 行政がやる行事は公平性を主軸としているので、長者町ばかりが会場に選ばれるわけではないと思います。ただそれをしていると、根付くところがないんじゃないかという気はしています。
僕としては、あいトリはすごく教育的な効果があったと思います。
作品を作る立場の人間としては、どこにアートが根付いていくんだろうっていうところにはあまり焦点が置かれていないので、住みやすいところに住むし、やりやすいところでやる。最初は春日井市でやって、次に名古屋港でやって、そのあとが長者町なんですよ。行政の動きに合わせて、僕らも活動の形態を変えてきていたりするので、そういったものは歴史とリンクしているところの一つかなと思います。

Y) 長者町にはもともとアート要素はなかったんですよね?
M) まちづくりは前からやっていたし、ギャラリーが一つ二つあったので、ロケーションとしてはいい場所だったと思います。名古屋の美術の構造は、郊外に美大があったりしますよね。もうちょっと都心部に美術があってもいいんじゃないかなと思ってたので、長者町を舞台として、やっていけたらいいんじゃないかと思っています。
S) あいトリが終わった後、何か継続されるかというとなかなか難しいのが現状で、行政が予算をつければ、それを使って活動できますが、自主的に民間でお金を出し合って何かをやるかというと、そこまでは動かない。仕切り直しの意味も含めて、2016年に2回目をやれば変わるんじゃないかと思ってやったんですが、やはり厳しいですね。ただ、その原因は何となくわかっていて、康生地区というのはまちづくりが盛んで、こちらは皆さん力を入れてやっているように思いますが、そこにアートが介入するっていうと…ちょっと分断されているかな、と感じます。

Y) 岡崎では、最近デザイン分野での活動など色々広がってきていますよね?

S) 空き家のリノベーションなどデザインや建築の分野ではいろいろ盛んになっているところもありますね。ただそれはあいトリの影響ではなく、全国的なまちづくりの波及効果だと思っています。

Y) ポケットの運営自体は民間出資なのですか?

S) ポケット自体の運営は民間出資なのですが、岡崎アートコミュニティ推進協議会に市から予算をつけていただいたので、その予算で展覧会は開催しています。市の方からは、内容を市民を第一に考えてほしいということで、キュレーション講座を開催したりして市民に参加してもらうような形にしています。

K) seboneの組織とは、当然運営などのやり方も全然違うので、2016年のあいトリを経験して、色々影響を受けました。あいトリの場所のセレクトって、やっぱり既にまとまりのあるコミュニティがある場所に落としていっているような気がします。そうじゃないと、もっと大変だと思う。

Y) 街は生活の場であり、商業の場であり、そして時にはseboneのように転嫁していく場面をもつ街もあり、岡崎はそういう街の変化みたいなものはなかったんですか?

S) アート活動に関しては、あまり変化は感じていませんね。

Y) 武藤さんはそもそも長者町に住んでいたわけではないですね?

M) 名古屋港で活動した後に、全国を行脚するような活動をしていたんですが、そのあと横浜の方に活動ベースがありました。北仲ホワイトという100人くらいのアーティストとクリエイターが入っているビルがあって、当時そこにいました。そういうアートコンプレックスを名古屋でもやりたいな、と思ってたときにあいトリの話を聞きました。
その時に、親しい人が長者町に一つビルを使って、トリエンナーレの拠点ができるということを言っていたので、終わった後、何かできないかということも考えながら手伝っていったという形です。名古屋港でやっていた時もそういう考えは持っていました。

Y) インディペンデントキュレーターは街を盛り上げてくれる起爆剤のような影響がありますよね。愛知県に住んでいると、その地域の人で「ぼくたちの町にもトリエンナーレ来てほしい!」と話す人に出会うこともあります。色々なところで構想を膨らませている人がたくさんいるような気がします。
豊田という街は、隙がないというかそんなに余剰のスペースがないんです。どちらかというと空き店舗があるというよりも、市民活動センターや参合館や交流館など人が集まるための公共施設が整っているんです。なので、自分で場所をわざわざ作らなくていいような印象があります。でもオルタナティブな場所づくりが逆に難しいなとも思います。今は、西町にある「コンテンツニシマチ」という拠点がある地域が盛り上がりつつあります。建築家の方がリノベーションをして飲食店やイベントスペースとして利用されたりしています。
豊田市でのトリエンナーレが終わって、街も市民も盛り上がって、またラグビーワールドカップも並行開催ということで、KiTARAの周辺も整備されました。二つのイベントが終わって、豊田市が今後を考えるタイミングとしては、すごくいい時期だと思います。豊田市の今後について、お三方からアドバイスをお願いします。
K) 僕も今回のトリエンナーレで初めて電車を使って豊田市に来たんですが、今日で2回目です。豊橋にも共通することなんですが、土地感ができるとその場所に訪れやすくなると思います。僕は岡崎のことがすごく気になっていて…地理学的な話になりますが、岡崎ってかなり坂があって、山の手と下町みたいなエリアがあるんです。豊橋は意外と平坦なんですけどね。岡崎でまちづくりが盛んな理由って、その場所ごとでのエリア意識がすごくあるんじゃないかと思います。いろんな街づくりの人がいて、そのエリアを自分たちのエリアとして盛り上げていこうみたいな意識が強い。そういう点では豊田はどうなんでしょうか?

参加者) 豊田市は広いので、はっきりいうのが難しいんですが、合併して加わった山間地は市街地とはまた違う動きをしています。そういう意味では、どこの街も同じだと思うのですが、中心市街地は中心市街地の問題があるし、山間部は山間部の課題があります。でもそこにそれぞれキーマンのような存在や団体がいます。

K) そうですね、結局は人だと思うのですが、昔ながらの土地柄とか人とか、そういった部分にアートが入っていったときに、それぞれの場所で、それぞれのやり方があるんじゃないかなと思います。

Y) こういう活動だけは残した方がいい、ということはありますか?seboneの場合、なぜ16年も続いているんでしょう?

sebone実行委員 森下)sebone実行委員自体は皆さん仕事をしながらされている方が多いです。1年間お祭りみたいな感じで、終わると次は来年に向けて、というサイクルができています。

Y) 確かにもう、そこまで行くとやめるやめない、という話ではなくなってきますよね。

S) 僕が今考えていることとしては、展覧会をやっていくことに意味があるのか?と。芸術に税金を投入するのであれば、もっとアーカイブに力を入れて、そこに行けば常に美術の情報を得られる場所を作ったりしたらよいと思います。その方が地域に根付くし、地域の文化を掘り起こすのにもいいんじゃないかなと思います。
岡崎ではジャズの分野で、内田修さんのドクタージャズスタジオというものがありまして、内田先生が残した膨大な音楽の音源があるんですが、これが非常にレベルが高いんです。一般公開されていて、調べれば調べるほど過去の音楽史が勉強できます。それを整理するのも大変なんですが、そういうアーカイブの整備に力を入れていったらいいと思います。あとは教育面で子どもたちに対する教育プログラムなど、次世代に残すような事業に特化していったらいいと思います。

Y) seboneでは高校生向けの教育プログラムもされていますよね?

K) 高校生に対しての任意参加のプログラム「ドリームウィーバー」という企画です。僕個人としては「お店をつくろう」というプログラムを担当しています。それももう14回目ですが、街なかの小学校に行って工作の授業で作った作品を集めてきて、駅前にある芸術劇場PLATに展示して、街をつくろうというコンセプトです。

Y) 子供のころから作品を展示するっていう習慣がつながっていますよね。子供の頃って作品を作っても選ばれた人しか発表されなかったり、評価されなかったりするので、どちらかというと、作品を発表することに対して恥ずかしがったりする意識がある子が多いんじゃないかなと思います。
そういう意識をつくる前に働きかけることって、あんまりされていない気がします。幼児から小学生まで、絵の勉強ではなく、鑑賞も議論も対話も感受性をテーマにした現代美術を取り扱う教育はあまり無いのではないでしょうか。

S) イベントをやれば結果がすぐ出るじゃないですか。入場者数が何人とか。すごくわかりやすいんですけれども、教育的なものってすごく長いスパンで考えないといけない。だからなかなか税金が出しづらいのも事実ですよね。
でも僕はトリエンナーレに参加して、一過性で終わってしまって何も残らない、という経験をしたので次世代に残す活動をもっと積極的にやっていかないといけないなと思っています。

Y) 武藤さんは、アートファーミングの中でも教育プログラムをされていましたよね?長者町トリエンナーレをやっていない期間も周辺で何か起きていたり、トランジットビルという拠点もつくられたりと。

M) 個人的には展覧会というものに消費的な感じを抱いていて。アートを消費するばかりで、いいのかなあと。どこでアートが生まれて、どこにそのアートが向かっていくのかということをどういうふうに山城さんは考えているのかなと(笑)

Y) え!?

M) ナデガタは割と展覧会自体がアートを生産する場所であったりすると思うのですが。

Y) そうですね。逆に街づくりのような人たちの時間軸で考えたことがないので、今、とよた市民アートプロジェクトで活動をしていて新鮮な感じがしています。1年目はかなり苦しみました。何回やっても、展覧会が終わらなくて、これいつまで続くの?っていう(笑)。でも今は、一回一回にホームラン打つのではなくて、みんなでそれぞれが問題意識を持っていく方法を考えたいなと思っています。

M) ナデガタのようなコンセプトが、アートを生産している気がするのでそういったことを続けていけばいいんじゃないでしょうか?(笑)

(一同) (笑)

Y) 豊田にはいろいろなプレイヤーがいるので、その人たちとタッグを組んでどんどん前に進んでいきたいと思っています(笑)

<会場との質疑応答>
参加者)あいちトリエンナーレをなぜやっているのか、ということをはっきりさせた方がいいと思うのですが。

M) 個人的に、僕らアーティストの視点では、国際芸術祭というものはある意味“災害”だと思っています。その災害でいろいろ振り回され、そのたびに自分たちが強くなっていくので、そういう試練としてとらえています(笑)

S) 芸術祭というやり方がはたして正しいのかどうかという考えです。もっと違うやり方に変化してもいいんじゃないかという、根本的なとらえ方です。芸術祭を始めた当時は空き店舗対策という意味もあったと思いますが、街を活性化する起爆剤としての役割としてだんだんそれも効かなくなっているような気がします。

K) 僕はあいトリや愛知県に対してはポジティブにとらえています(笑)
愛知県には現代アートで地域づくりをするっていうミッションがあって。「あいち文化100年」という100年計画です。だから、今回色々あったからやめる、とかいうことではなくて、あと30回やって決める、まだはじめの10年が経ったところで、アートがまちに出ていくときに色々なことが起こるのは当たり前くらいのスタンスでいいと思います。「文化で立つ」っていうんだから100年くらいやって、はじめて分かってくることもあるんじゃないかな。

Y) 僕も黒野さんの意見にすごく近いです。ドイツのカッセルで5年おきに開催する芸術祭ドクメンタ第二次世界大戦後に始まったものですけれども、文化的復権の意味も含めて展覧会を開き続けています。
作品を見るとすごく難解なものもあるし、ある味方をすれば怒り出してしまような偏った表現をもった作品もあります。そういう議論も含めて、芸術祭が使われているんです。日本の文化芸術はまだここまで来ていないなと思いました。
今回の夏の一件でも、怒る人は怒ってしまうし、対立してしまって、それをつぶそうとしてしまうということは、まだまだ議論の余地があると思います。議論をするために、芸術は有効な手段だと思っているので、そういう議論や葛藤を起こす場としての芸術を、あいトリのようなまだ10年しかやっていない駆け出しの、でも10年続いた芸術祭がこれからもやっていけたらいいな、とは感じますね。

【パネリスト紹介】
武藤 勇 〔⾧者町〕
1997 年名古屋芸術大学造形実験コース卒業。1998 年よりN-mark 共同ディレクター。2010 年~2012 年アートラボあいち運営・ディレクション、あいちトリエンナーレサポーターズクラブ事務局(2010 年)。2012年より⾧者町トランジットビル企画・運営。2017 年よりとよた市民アートプロジェクト推進協議会副委員⾧。2019 年アート・ファーミング ディレクター。
鈴木 正義 〔岡崎市
1999 年より岡崎市康生町の街づくりにデザイナーとして関わり、2005年より都心再生協議会メンバーとして2008 年オープン予定の図書館(りぶら)を中心とした康生地区を文化地区として再生するワークショップ
に参加。その後「あいちトリエンナーレ」の開催にあわせ、岡崎への誘致を目的として現代美術ギャラリーを開廊。2013 年、2016 年の岡崎会場では岡崎アートコミュニティ推進協議会メンバーとして市民活動をサポート。
黒野 有一郎 〔豊橋市
1967 年 豊橋生まれ(水上ビル育ち)武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業、野沢正光建築工房(東京・世田
谷)などを経て、2004 年豊橋へ帰郷、一級建築士事務所 建築クロノ設立。(公社)日本建築家協会 正会員、(公社)愛知建築士会 会員。現在、大豊商店街(大豊協同組合)代表理事豊橋まちなか会議副会⾧、sebone 実行委員⾧ など。
山城 大督(Nadegata Instant Party)
美術家・映像作家。1983 年大阪府生まれ。名古屋市在住。京都造形芸術大学客員教授。アーティスト・コレクティブ「Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)」メンバー。東京都現代美術館、森美術
館、あいちトリエンナーレ2013 など全国各地で作品を発表。第18 回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品受賞。とよた市民アートプロジェクト「Recasting Club」ディレクター。